女系継承が有りならなんでも有りだろう
煮詰まるまでは書かないと思っていた女系破折だったが、いきなり煮詰めようという動きが急となってきたので、ワタクシなりの意見を書いてみたいと思う。
ワタクシが書いた意見で、もし同意できる部分が有れば、無名もしくは実名以外のハンドルを使用しているネット上の人であれば、自由に自分の意見のように書いて下さい。お互い様ですし。
許せないのは、表舞台で活動している連中の剽窃行為です。それは絶対に認めないので、もし用いる場合は、必ず「ネット上にはこういう意見も有るが私も同意する」というような用い方をして下さい。
くれぐれも細野豪志みたいな剽窃容疑者にならないように。
まず最初に言いたい事は、「生前退位」という言葉はもう使うな!という事である。
現にご健在である存在を前に「生前」「生前」と飛び交っている図は、異常な空間だろう。
自分がされたらどんな気分だ。まともな言語感覚が有れば、かなり不思議な気持ちになるだろう。
高森明勅あたりまで容認するに至っては、呆れ果てるばかりだ。
これまで“崩御”による皇位の継承しか知らなかった人々に、
それとは違う、陛下の“ご生前”に皇位を退かれる形もあり得ると、
すぐにピンと来るように伝える為には、「退位」だけでは
ぶっきらぼうで、やや不親切。
いやいや。
これまで崩御による継承しか知らなかった人であろうと、「譲位のご意向」と言うだけで、「あ、生きているうちに(生前というのは日本語としておかしい)皇位を退かれる形も有りうるんだ」と思うでしょ、理の当然として。
現在の皇室典範が帝国議会(国会ではない!)で審議された時に、
昭和21年11月の初め頃、法制局が作成した
「皇室典範案に関する想定問答」に、既にこの語が使用されている。その問40に「天皇生前の退位を認めない理由如何(いかん)」と
あり、それへの回答に「天皇の生前退位を認めることは…」と
出てくる。
だからなんだ?という話だが。
ワタクシが想像するに、時代背景から考えて、GHQの疑問を直訳しているのだろう。
しかも、今回の場合と違い、特定の存命中の天皇を対象とした話ではなく、制度の問題として話しているではないか。
今回は、「(今上天皇が)生前退位の意向」と、どこもかしこも打っているのだ。明らかに場合が異なるではないか。
仮にも文系の学者がその程度の言語感覚も無いのかと、情けなくなる。
加地氏が「いったい誰がこの語を付したのであろうか。
その者の無知は、不敬極まりない」とまで罵倒されるのは、
些か行き過ぎではあるまいか
これが不敬でないなら、もう何でも有りだろう。
「平成の天皇」なんて言うのは一般の人には面倒だから、「平成天皇」で良いではないか。
「陛下」とか「さま」なんて敬称も一般には馴染まないから(法の下では平等だし)、「さん」で良いだろう。その方が愛着も湧くかもしれない。
そのように、釘を刺すべきは刺さないと、必ず易きに流れるのがワタクシも含む民衆というものなのだ。
そういう事象に警告を発するのが保守的態度の根本であろうし、事は存命中の存在を前に「生前」と飛び交っている話である。
通常であれば議論の余地も無く改められなければならないものを、擁護までするとは。
高森あたりは「譲位と表現すべきですよ」と諭す立場であるはずだし、そう指摘されたら、即座に改めて然るべきなのだ、本来は。
それが頑なにそうならないのは、ハッキリと書けば、単なる意固地であろう。
つまり、(天皇に限らず)相手への敬意とか配慮とかよりも、そう表現してしまった自分たちの立場や意地が優先しているのである。だから屁理屈の次元に堕している。
ワタクシは、当初は単なる言葉尻の問題として、あまりそんなくだらない事に打鍵の手間を取りたくなかったのだが、流石にここまで来ると、これを一般語としようとしてる連中を看過するわけにはいかなくなってきた。
で、ようやく譲位の問題に入ってみようと思ったが、相手側は二言目には「朝敵」だのとレッテル貼りで攻めてくるので、あまり意味が無さそうだ。
但し、承詔必謹が絶対とは限らないことは表明しておかないとならない。
何故ならば、皇統というものは、今上天皇お一人で築いたものではないからである。
勿論、陛下はそんな事は我々など問題にならぬほど悩んでいらっしゃることは想像が付くので、そういう当たり前の突っ込みは置いておく。
言いたいことは、有史軽く千五百年を超える男系の伝統を、何故、歴代のご皇族は守ってこられたのか。
この視点が、所謂男系派にも所謂女系派には特に、まったく見られない。
保守というのは縦軸を意識する存在であって、まして、それだけの長きに渡って守られてきた伝統と、その伝統に根差す諸々を覆すというのは、かなりの差し迫った事態でない限り、認められるものではない。
これはワタクシ個人の気持ちだ。
何よりも優先されるべきなのは、やはり男系による継承であるはずなのだ。
悠仁親王にもし男子が生まれなかったら皇統が絶えると言っている連中がいる。
自分達が認めるもの以外は皇統ではないという、思い上がった見識と言う他は無い。
こういう仮定は本来であれば絶対にしてはならない事であるが、そういう場合を考えなければ気の済まない連中がいるので、一応その場合を想定すれば、その時にこそ女系でも復位・復族でも、なんでも用いれば良いだろう。
これだけの伝統を保ってきた男系による継承を差し替えるのであれば、その場合は、最早なんでも有りである。
万万が一、男系が途絶えたら、眞子内親王でも佳子内親王でも、或いはその子でも、その時に復族させればいいではないか。
つまり、女性宮家なんてものを作る必要性はまったく無いのである。
もしご本人たちにその気が無ければ、それこそ旧宮家でもいい。
そもそも一時の感情でそんなものを作って、将来的に宮家の数が膨れあがったらどうするのだろう。
女性宮家推進者が、この辺に関して言及しているのを見た事が無い。
女系継承問題は論点が多岐に渡るので、今回はこれだけにしておこう。