無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

麻雀回顧「ムツゴロウ先生・畑正憲(2)」

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 昨日は久々に2ヶ所に手を出してしまったのだが、延焼しただけだった。

 東京の方、7-1-4 で千円買ったのは、いつもの先輩同僚。従ってワタクシは、両方で丁度1500円の負けという事。

 ちなみにこの人は、ダービーの時に32500円勝ったわけだが、ワタクシはその時、半端の2500円くらいはくれるだろうと思っていたし、それならば受け取ろうと思っていた。

 ところが、12500円もくれると言ったのだな。流石に、それは多過ぎると何度も断ったし、では、その10000円を次の安田記念で増やしましょうと言ったのだが、聞き入れられなかった。

 そもそもこの人は、ワタクシの前の買い役の時には浮いた時には必ずいくらか渡し、7万いくらか浮いた時には3万円あげた太っ腹な人物なのだ。

 それを聞いて随分と美味しい役だなと思っていたのだが、その買い役が退社し、ワタクシにお鉢が回ってきた。その頃はワタクシは公営ギャンブル嫌いだったし、競馬などやった事も無かったのだが、前から同僚にやる人間が多く、話題になるなと思っていたのも有り、しめしめと、これを機会に競馬を始めてみるかとネット競馬の手続きをした。

 だが、いざ自分がその役になってみると、ワタクシはどうも、同僚から手数料なんて取れないのだな。

 そりゃ、昔みたくわざわざ馬券売り場に行かないとならないなら、手数料やご祝儀も或る程度は貰って当然だと考えたろう。

 しかし今や、パソコンでチョイのチョイと、なんの苦労も無い。それなのに知り合いから1万円も受け取れるものか。

 だが、何度言っても聞かない。

 もう一年以上もワタクシに手数料一つ払っていないので、このくらいはというのが一つ有ったのだろうし、旅行の時にワタクシが良いスコッチを何本も持っていくので、そのお返しの意味合いが有ったのだろう。

 そう得心して、有り難く頂戴したのだった。

 

麻雀回顧「ムツゴロウ先生・畑正憲(2)」

 畑正憲の打ち筋は、麻雀界に参加当初と、本格参戦後は、大きく異なっていた。

 彼の誌上麻雀初登場は、たしか双葉社主催だった麻雀名人戦の第五期だったかと思う。

 細かい記憶は怪しいが、確か5ピン以外全部のピンズが切られた捨て牌で、カン5ピン待ちのイッツーを和ったとか、そういう話だったかと思う。その時、決勝まで残ったのではないかと思う。

 いずれにせよ、誌上対局に登場した頃の畑は、外連味いっぱいの雀士だったという事である。

 

 それが月刊誌・近代麻雀の登場により麻雀マスコミが発達し、恒常的に誌上対局に関わるようになるにつれて、畑正憲の雀風は変わっていった。

 後期・畑正憲の雀風を表していた言葉は、「精密機械麻雀」である。

 つまり、無駄を排した麻雀という事なのだろうか。少なくとも、ピンズを撒き散らしてカン5ピンで待つなんて麻雀ではない事は間違い無い。

 そうなってからの畑の誌上対局の戦績は上がった。特に長期戦は、「不敗」とまで賞された。

 長期戦を得意とする畑に、当時のトッププロ三名、小島武夫、灘麻太郎、田村光昭が挑むという企画を、日刊ゲンダイが企画した事が有る。

 畑の北海道・動物王国に泊まり込み、半荘40回をぶっ続けで打ち続けるという狂気の企画で、「雀魔王戦」と名付けられた。

 畑は、この3強を見事に撃沈し、優勝したばかりか、舞台を近代麻雀に移した第二期も連覇してのけた。(第三期は灘麻太郎が優勝)

 

 そんな畑は、麻雀の真の優劣は一日では決められず、プロが勝敗を決するなら少なくとも100荘は打たなければと提唱した。

 これが近代麻雀主催の「最高位戦」として結実した。

 しかし、そこは「プロ」という定義不明の人間だけが参加するものと定められていたため、提唱者の畑は傍観者に過ぎなかった。第二期名人として参加していた大隈秀夫は評論家であるし、そもそも「プロ」なんて試験も何も無かった時代である。

 畑は心中期するものが有ったのか、とうとう第五期最高位戦開始の前に、主催者に参加を直訴したのである。

 これが認められ、「プロ」と称される人間の中に、一人「アマ」の畑が混じって、ほぼ一年間を戦う事となった。

 畑は、見事にその戦いをトップで終えたのである。

 

 満を持して望んだ決勝戦で、事件が起こり、不幸にも第五期最高位戦は途中終了という不規則開催となってしまった。

 畑の心中、いかばかりであったか。

 その一端は、前回も触れた引退声明として二回に分けた原稿として発表されたが、そこではその事件の事よりも、「麻雀界」というもの全般に関する憤懣がぶちまけられていて、畑の怒りの深さが伺えた。

 先のように畑をわざわざ「アマ」扱いしていた事も不満だったようだ。「陸奥五郎」という名前でプロ宣言した事も有るが、「畑正憲」の名を雑誌に打ちたい主催者側とすれば、願い下げたい申し出だったろう。

 「プロ」だけが参加すると標榜していた最高位戦で一位を取るというのは、畑の意地だったはずである。

 件の事件に関しても、いずれはここでも扱う事になるとは思うが、やはり「麻雀界」は、まだまだ社会性が低かった。参加者も、主催者も。

 今の事はよくわからないが。

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