読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

朝日ソノラマはなぜ鉄腕アトム主題歌を独占できたのか(8)

 高井達雄は、昭和52年の『虫プロダクション資料集』(虫プロ発行の書店非売本)で、歌詞が出来た経緯を次のように紹介しました。

アメリカへサンプルを送ったら、英語の歌詞がついてきたので、あわてて谷川俊太郎さんにお願いして、2ヶ月位あとに歌詞ができたんです。

  但し、具体的な時期は記されておりません。アメリカにサンプルを送ったというのは、いつの話なのでしょうか。

 

 以前、軽く触れた事がございますが、昭和38年10月22日付の読売新聞テレビ欄に、鉄腕アトムのアメリカ進出に関する記事が載っておりますので、そこから引用してみます。

手塚さんの主宰する虫プロのテレビ漫画「鉄腕アトム」はフジテレビのドル箱だし、アメリカにまで乗り出して、九月から土曜の午後六時台の視聴率のトップだそうだ。 

  アメリカ版ウィキペディアを覗いてみますと、アメリカでの放送は9月7日からだったようです。読売の記事は、外国での好評を受けてすぐ企画されたものだったのでしょう。

 

 更に7月20日付同紙では、もう少し詳しく報じられております。

さらに虫プロはアメリカのNBCテレビと半年間の交渉の末、まず五十二本を一本一万ドルで売ることに成功、この外貨収入だけででも製作費を回収することになった

 なんと、ハッキリと橋本一郎の本での高井証言を裏付けえる記述が、当時の新聞に記載されておりました。 

 7月20日の半年前という事は、既に1月頃からアメリカとの交渉が行われていたのです。アトムの放送開始が元日ですから、本当に最初から、アメリカへの輸出は計画されていたのでした。

 ちなみに、7月の読売記事時点での日本でのアトム完成話数は31本とされており、話が完成しないうちに先へ先へと進んでいた交渉だったようですが、それにしても日本での放送がまだ10回も行っていない頃に52本の契約を取ってしまった手塚も大胆なものです。

 

 一月下旬からアメリカ側と接触したとしまして、向こうから歌詞が付けられてきて更に二ヶ月後に日本詞が完成という流れをまったく淀みなく実現したと考えますと、放送10回目くらいで詞が付いたものが放送で流されたという橋本の本での高井証言が、かなり補強されたと言えましょう。

 ワタクシが提起した二つの謎のうち、最初の一つはこの辺で結論づけたいと思います。

 鉄腕アトム主題曲に歌詞が付き、テレビで流され始めたのは、おそらく3月中、乃至4月頃迄からと考えられる。但し、それはエンディングに流される形であった。

 

 

広告を非表示にする