無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

挿しす世相史「アメリカが自由諸国への原子炉供与を打ち出す」

 昭和30年6月11日(土=現地時間)、アメリカのアイゼンハワー大統領が、自由諸国民に原子炉を供与すると発表しました。

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  これは原子力の平和的利用をアイゼンハワーが昭和28年12月8日に国連総会で訴えた路線の、更に具体的な提案でした。

 アメリカが認めた国には、技術と訓練と、しかも資金も半額を負担するという至れり尽くせりのものでした。

 

 何故アメリカが、優位であった核技術の拡散に乗り出したかと言えば、ソビエト連邦(現ロシア)=共産主義の拡大という脅威が有ったからに他なりません。

 ソ連核兵器を手中にし、その面でのアメリカの優位が崩れたために、アメリカは核技術の独占から、核技術を持つ同盟国による囲い込みでソ連を威圧する政策に転換しました。

 

 その丁度7年前の昭和23年6月11日に、バンデンバーグ決議と呼ばれるものがアメリカ上院で採択されています。

 そちらは援助先の国に対して、その見返りとして軍事力増強を求める内容でした。主に他ならぬ日本の事であり、これによってアメリカの対日援助費が復活したのです。

 見返りの軍事力増強とは、勿論、日本のすぐ側にあるソ連に対する威嚇としてのものであり、当のアメリカが決めた憲法によって日本は軍事力の保持が出来ない状態でしたが、警察予備隊という姑息な手法で、後の自衛隊が発足する事となりました。

 

 アメリカの核技術拡散も、この流れに有るもので、日本に核兵器を持たせるわけではないものの、いつでも開発できる素地を持たせる事で、対ソ連の核抑止力の一つとしたかったのでしょう。

 これを受けて昭和30年12月19日に原子力基本法が成立し、日本の原子力発電が実現へと踏み出す事となります。

 

 表向きは原子力の平和利用となっていますが、バンデンバーグ決議と同じ日付で発表している事から伺えるように、実際には軍事的意味合いが強く裏打ちされたものでした。

 また、昭和29年3月1日に第五福竜丸ビキニ環礁でアメリカの水爆実験により被爆した事件で、日本人のアメリカ核兵器への抵抗感が強まった事を意識し、そうした反発を払拭させる意味合いも有ったようです。

 

 

*1:昭和30年6月12日付読売新聞

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