無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

漫画投句「はだしのゲン」

はだしのゲン 1

はだしのゲン 1

 

Gさん(仮名)「今日は大東亜戦争敗戦日って事で、この漫画しか無いって感じですけどね」

ごいんきょ「なかなか論評するのが難しい漫画だけどな。なにしろ描かれている事が描かれている事だから、あまりいつもみたいにオチャラケながらやるのも憚られる所は有るのだが、ま、あくまでも”少年漫画”、そして少年だった当時のわしが、当時どのように読んでいたのかっていう観点を中心に語るって事で行こうと思う。

  それと、推測・憶測・妄想の類をいつも通りに織り交ぜながら(笑)、余所では語られないような観点からも捉えていくよ」

 

G「これは少年ジャンプに連載されていたんですよね」

ご「ああ。中沢啓治の絵は非常に見易くて、最初から好印象だったんだよね。戦時中の話を描いた漫画というのは、いわゆる戦記物みたいなものは有ったが、これは”銃後”を描いていたんだよな」

 

G「”銃後”というのは分かりやすく言えば、戦時体制を支えた一般国民ですね」

ご「うん。勿論、子供の頃はそんな状況とかは全くわからないけど、ちょっと今までに読んだ事が無いものだなというのは漠然と有ったと思う。

  ゲンの一家は、両親にゲンと、姉・弟の五人家族で、他に予科練疎開でいない兄が二人いる。最初は五人の普通の暮らしが描かれるんだよな。舞台は広島。で、あの原爆の悪夢によって、母親とゲン以外の三人は、家の下敷きになって焼け死んでしまうんだな」

 

G「弟の進次が、『あんちゃーん、熱いよ~』とか叫びながら死んでいくのが痛ましかったですが」

ご「父親は、なんとか三人を助けようとする母親を必死で説得して、二人を逃がすんだな。そこからして痛ましいわけだけど、そんなのは序曲に過ぎなくて」

 

G「原爆をモロに浴びた人々の描写が凄まじかったですね」

ご「一瞬の高熱でやられたから、体中の皮膚がただれて焼け落ちて、とろけるチーズみたいな人々が市中を歩いてたりするんだよ」

 

G「なかなか衝撃的な絵でしたね」

ご「いや~、もっと嫌だったのが、腕の傷に蛆虫が湧いて、ボリボリ掻くと蛆がポロポロ落ちるのね」

 

G「本当に人間がそんな風になるのかと思いましたもんね」

ご「まあ、そんな事で嘘は描かないだろうとは思っていたが、それでも、本当なのか?と疑いたくなる地獄絵図の連続だったな」

 

G「で、ゲンと母ちゃんと、新たに生まれた女の子の生活を描きながら、戦後日本人の姿が描かれていくんですね」

ご「なかなか大変でなあ。赤ん坊にあげる乳も栄養が足りなくて出ないからってんで、お米をひたして絞った水みたいなのをチューチュー吸わせてたっけ」

 

G「で、母ちゃんは三人を殺した戦争と、それを指示したと思い込んでいる天皇を呪うんですよね」

ご「思い込んでいるというか、作者の中沢自身がそういう考え方だったんだろうな。それが投影されたんだろう。

  その辺に関しては、子供時代のわしが読んでいても、ああ戦争は天皇がやらせたのか、とは思わなかったな。あの頃は特に、事ある毎に大東亜戦争を振り返る企画とか有ったから、子供でも天皇が全部を決めていたわけではないと、うっすら考えていたから」

 

G「そこが大きいんでしょうが、全体的に、左翼的な漫画と評価される事が多いですね」

ご「それなあ。わしは当時から釈然としない思いも有るのよ。

  なんで読んだか忘れたけど、ジャンプだか集英社だかに、右翼が抗議してるって話が有ってさ。わしは当時、物凄く不思議な気がしたのね。

  と言うのは、”右翼”というのは日本を第一に考えている人々と思っていたから、理の当然として、日本人を第一に考えている人と思っていたわけ。

  だから、そういう人々からしたら、アメリカが日本にどれだけ酷い事をしたかをしっかりと伝えるこういう漫画は、むしろ有り難いはずなんじゃないかと、本当に不思議だったのね」

 

G「あぁ…。右翼活動の背後にアメリカ様がいたなんて、想像できないでしょうからね、子供は」

ご「で、成長してから、”天皇”を悪し様に描いたことが一番気に食わなかったんだろうけど、アメリカ様を旦那としている右翼活動家からしたら、原爆の様子もあまり子細に伝えて欲しくないんじゃないのかなと思うようになって。そこいらも抗議対象になった原因かなとも感じるんだよな。

  ただ、これは仮にそうであっても絶対にそうだとは言わないだろうから、あくまでも、わしの”妄想”だ、いつも通り(笑)」

 

G「単行本にもなりませんでしたね」

ご「わしは好きな漫画だったし、当時は漫画を全巻揃えるのが趣味みたいな感じだったから、これも出たら絶対に買うつもりで待ってたのよ。

  ところが、とうとうジャンプコミックスにはならずで。そこも納得できなかったのね。終了した数年後かな、右翼に抗議されたからっていう噂を聞いたのは」

 

G「人気も、そんなに無かったからだという事ですが」

ご「でも、”わしが知った噂”では、単行本にしないのを条件に、右翼側も連載続行を認めたとかって話なんだよな。

  ま、関係者とかに聞いたわけではないんで、流言飛語の類だったのかもしれん」

 

G「そう言えば一度連載が中断されて、少ししてから”麦っ子たち”っていう題で再開されましたね」

ご「あの辺がなあ。わしの聞いた噂で考えるとピタリとハマるんだが(笑)。

  あと、これは完全にわしの妄想なんだけど、当時のジャンプは反動として、職業右翼に喜ばれるであろう描写が急に増えたのよ(笑)」

 

G「そんなの有りますか?」

ご「”アストロ球団”が、なんだか急に右翼チックになってさ。その頃は右翼が喜ぶことだとはわからなかったんだけど」

 

G「ああ、ビクトリー球団編ですね」

ご「特攻隊上がりの投手が渾身のビーンボールを投げたり、彼の退き際に球団員が全員で”海ゆかば”を熱唱したりさ(笑)」

 

G「あの歌、子供にはわかりませんでしたもんね(苦笑)」

ご「元々”アストロ球団”ってブッ飛んだ世界だったけど、”海ゆかば”の歌詞が賛美的に全文掲載されるとか、少年漫画としてどうなのよって思うね、いま考えると(笑)。でも、それもジャンプ編集部としては、”ゲン”を載せている事との均衡策だったのかなと、後で思ったね。

  或いは原作者の遠崎史朗が個人的にゲンの世界が気に食わなくて、なら俺はこっちの路線を描くぞって考えたのかもしれないけど(笑)」

 

G「社が中心か個人が中心かはともかく、ゲンの反動としてアストロ球団が右翼化したんだろうという話ですね」

ご「これは完全にわしの妄想(笑)。

  とは言え、現実にそういう”アストロ球団”と”はだしのゲン”が同時に載っていたのよ(笑)。物凄い奇跡のような勢いが有ったわけよ、当時のジャンプは」

 

G「絵も、どちらも物凄いアクが有りましたもんね~(笑)」

ご「今あんな絵だったら、多分、連載もらえないだろ(笑)。

  ”はだしのゲン”に戻ると、思想によってムカついたり溜飲が下がったりって箇所は有るかもしれないけど、一個の漫画として読んで面白いし、戦後の世間が少なからずわかる部分も有る。

  わしは漫画なんか学校に置くのは大反対だけど、買って読める状態には有り続けて欲しい作品ではあるね」