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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

麻雀回顧「ムツゴロウ先生・畑正憲」

ノンセクション 酒とバカラの日々 麻雀回顧

安田記念

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 まさかロゴタイプが来るとはねえ。多分、荒れるとは思っていたし(だから8番を外し気味にしている)、全く考えない訳では無かったが、予算も限られているからなあ。3000円有れば買っていたかも。

 ま、タラレバ言っても仕方無い。

 あれ、いま見たら7-8-10を2つも買ってるじゃないの。チクショー。

 気付いてたら6-8-10に直していたかも。そんな訳ないか。

 

麻雀回顧「畑正憲

 ムツゴロウ先生、畑正憲は、フジテレビの動物王国ものでしか知らない人には、好々爺のように映っていた事だろう。だがワタクシのように麻雀界での氏を知る者にとって、彼は勝負の鬼以外の何物でもなかった。

 誰よりも辛辣な言葉を吐いていたが、それは誰よりも麻雀を愛し、耽溺していたという自負に裏付けられていたと推察する。

 そして、その辛辣な言葉は、プロなどと呼称はしていてもちっともプロらしさが無い麻雀プロに向けて、発破を掛ける意味が大きかったであろう。

 取り分け、若手のポッと出の人間に対しては、より激烈に迎えた。

 若い人間はただでさえ考えが回らぬから、そんな畑の言葉に対し斜に構えたり、拗ねたり、その意図とはまったく関係の無い、反論にもならぬ文句を言うのが関の山だった。

 

 何故、畑正憲ほどの人間が、愚にも付かない麻雀界の、関わっても何も得にならぬ若手などにわざわざ嫌われるような言動をしたのか。

 当時も畑は軽く書いていた事が有るが、プロレス式の話題造りの手法で有った事は疑いが無い。

 大好きな麻雀の普及に少しでも貢献してあげたいと思うから、嫌われ役もなんの、話題の無い所に話題を作ってあげていたのだ。

 阿佐田哲也杯という新人を輩出するタイトル戦が有った。タイトル戦と言えば聞こえが良いが、要は有象無象が集まってその場の首位を決めただけの話である。

 けれど、そこで優勝すれば阿佐田杯優勝者という事で注目を浴び、狭い麻雀界の中だけの話ではあるが、「プロ」と呼ばれるようになっていた。文字通り「呼ばれていた」だけの人も多いだろうが。

 今もそうなのだろうが、「麻雀プロ」なんて職業名ではなくて、ただの呼称である。ごく一部のほんの数人を除いて、それで飯が食えるはずが無い。

 そんな狭い世界に結果として飛び込んできた若者への、最大限の畑の助力が、辛辣な言葉だった。

 畑が若手に対して辛辣な言葉を吐く。専門誌は、それを記事にする。普通だったら見向きもされない若者が、それで掘り下げて扱われるようになっていった。

 

 畑正憲は、当時から、麻雀界などと関わらずとも名実共に困らなかったばかりか、むしろ彼が麻雀界と関わる時間が、本業の関係者には恨めしいくらいだったろう。

 それだけ畑が麻雀好きだったのであり、基盤の弱い麻雀界は彼の好意に甘え続け、そして意識せぬまま愚弄し続けた。

 先に言ったような若手の反論も、常に畑の気持ちに至らず、手筋や麻雀に関してのやり取りとはならず、他人に対して言葉が過ぎるといったような、あまりにも浅薄な対応ばかりであった。

 畑正憲ほどの人間が、そんなみみっちい事をして、なんの得になるというのだろう。いくら若いからとはいえ、大馬鹿ばかりであった。

 彼らだけではなく麻雀界の誰も、畑の海のように広く深い麻雀への愛情を真底からは理解できていなかった。

 そうした歪みは当然、いずれ崩落に至り、畑は麻雀界に別れの原稿を残して去って行った。

 そして「麻雀界」は滅んだ。

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