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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

昭和唱和ショー「銭湯」

ノンセクション 昭和唱和ショー

 銭湯は今でも有る事は有りますが、ワタクシが子供の頃から考えると、見る影も無いと言って良いかと思います。

 なにしろワタクシの小学校時代、同じ組に銭湯の子供がおりましたが、彼がパーマ屋の倅を「風呂屋は儲かる。パーマ屋は儲からない」とからかっていたくらい、風呂屋は常にほぼ満員でした。

 先生は、「お風呂屋さんは一人が払うお金は少ないけど、パーマ屋さんは一人のお客さんがたくさん払うでしょ」なんて説明しておりましたが。

 当時、たしか子供一人20円だったかと思いますが、それでも、確かに風呂屋は儲かってるだろうなあという感じでした。

 今では「銭湯」という字をいきなり読める人も少なくなっていそうです。

 

 なぜ銭湯が主流だったかというと、東京ですら、昭和30年代半ばに『水道完備ガス見込』なんていう人気ドラマが有ったほど、都市ガスというのは当たり前ではなかったからです。

 田舎では、以前も書きました五右衛門風呂が有りまして、それは薪で湧かしていたんですね。昭和40年代まではそういう家が有ったと思います。

 それより新しいものですと、灯油で湧かす風呂というのも田舎では多かったようです。これは都市ガスが無い地方では今でも使っているでしょう。

 

 ワタクシの子供時代の東京は、流石に都市ガスは完備されていたものの、アパートなどには風呂が無いのが当たり前で、みんな銭湯に行っていたのです。

 持ち家の子(即ち元からの住人かお金持ちですが)は、わざわざ銭湯に行かなくていいというのは羨ましかったです。

 昭和40年代後半に入るとバスクリンという入浴剤をテレビでよく見るようになって、あんな色の着いた風呂に家で入れるなんてと、これも無性に羨ましかったものでした。

 今でこそ銭湯業では色の着いた湯など珍しくないでしょうが、当時は特別な日でもない限り、色付きの湯になんてしてませんでした。

 

 ただ銭湯にも楽しみは有って、よく言われる事ですが、湯上がりのコーヒー牛乳やパイゲンCは楽しみでした。勿論、毎回飲めるというわけではありませんでしたが。

 ワタクシの子供時代とは明治乳業も提供していた仮面ライダー時代ですから、パイゲンCのキャップ裏に刻印が有ると、なんか凸凹した部分の有るライダー関係のワッペンが貰えるというのも有って、一際楽しみだったものです。

 牛乳類はコーヒー牛乳、時にはフルーツ牛乳などがお楽しみでした。

 そんなお楽しみだった牛乳類ですが、なんと!

 昭和30年代は認められていなかったらしいのです。

f:id:sammadaisensei:20160831231802j:plain*1

 都の衛生局が挙げた禁止理由は、

  1. 物品販売のため外来者が出入りする事は風紀上許せない。
  2. 番台の監視にも隙が出る。
  3. 清潔を義務づけられている浴場内に空き瓶を持ち込む事は衛生上問題が有り、子供の怪我の元にもなる。

 というものでした。

 しかし、どれもこじつけという感じで、実際にワタクシの子供時代である昭和40年代半ばには、既にどこでも当たり前に牛乳類販売の冷蔵庫を置いてありましたね。

 どうも昭和20年代から30年代に、お風呂屋さんは値上げに関してお上としばしば揉めていたようで、それで嫌がらせされていたのではないかと思うのですが。

 

 銭湯の外に出ると、たまに屋台が居る事が有り、それも非常に楽しみでした。

 ワタクシが特に楽しみだったのはタコ焼き屋台で、15個で100円とかそのくらいだったかと思います。

 昭和50年代前半までタコ焼きは非常に買いやすい値段だったのですが、或る頃、グンと割高感が増して縁遠くなってしまいました。蛸の値段が上がったのでしょうか。

 石焼藷もですね。こちらはもう少し早く高くなりまして、オイルショックの頃に燃料の関係でグンと上がったように記憶しています。

 冬場のおでんを見繕うのも大きな楽しみでした。ワタクシはボールとウインナーが当時は好きでしたね。

*1:昭和37年10月12日付読売新聞

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漫画投句「ゴーマニズム観戦歴」(1)

今回の喧嘩稼業

 やはり桜井の強さに文さんもタジタジといったところ。地力は桜井の方が上だな、やはり。

 しかも、御殿手を隠すためのシラットだったという事も明示されている。

 確かに日本人同志の戦いでシラットなんてのが入り込んでいるのが変な気は、最初からしていたのだが、まさかそんな設定が出てくるなんて。

 これだから木多は恐ろしい。

 

 今後、入江文学は間違い無く瀕死となる攻撃を受ける事になる。

 桜井のシラットがどんなものか判ったと思い込んでいるが、それが桜井の意のままであるから。

 突如、初見である御殿手の秘技を喰らい、そこから無極なりで脱出できるか、出来たとして挽回の策は有るのかが焦点になる。

 だが、恐らくその御殿手によって、戦闘不能にされてしまうのではあるまいか。

 入江文学を愛する者たちの嘆きの時が近づいている。

 

 

ゴーマニズム観戦歴(1)

 やはり買ってしまった。ゴーマニズム戦歴を。

 だって、動画で紹介していた時に見たら、凄い分厚いんだもの。あの厚さで980円。なんと良心的な価格設定なのか。

 

ゴーマニストとは何か

 以前も書いたように、ワタクシは結構最初の頃からゴー宣を読んでいて、小林がAKBにトチ狂い出すまで、なるべく多くの著作を読むようにしていた。

 のみならず、自らのブログ活動もゴーマニストを自称したりしていたのだから、結構熱心な読者だったと言えるだろう。

 「ゴーマニスト」とはなんぞやというのは、薄ぼんやりと思っている事は有ったが、さすが本家本元は明確に規定している。

 要するに、既成の思想に立脚せず自分の直観と常識を根拠として権威と戦う者という事である。

 

 このうちの「直観」というものは非常に大事で、これは残念ながら、誰にでも備わっているものではない。

 では天与のものかと言うと、勿論その要素は非常に大きく、小林なんかはほとんどそれで行っていると思うが、社会環境の中で育まれるものも有る。それだって、やはり元の素養が無ければならないが。

 「常識」というのは、客観性と置換できるだろう。自分の見解に溺れること無く、常に第三者的視点から俯瞰して事象や自分の意見を見られるかという事になる。

 これも天与の才は必要となるが、大きいのは後天的な要素だろう。小林の場合は、常に読者や編集者の視線を意識していた事が大きかったに違いない。

 

 端的に言えば、天与の直観と訓練の客観性に基づく独自の基準で世上を切り取るという事で、これは言ってみれば傲慢な姿勢だからゴーマニストというわけだ。

 で、彼にかぶれていた頃のワタクシもゴーマニストを自称していた事が有るのだが、本家本元に敬意を表して、これからはコーマニストと名乗る事にする。

 傲慢も高慢も、どちらも「思い上がって人を見下すこと」と辞書には有るが、なんか音が濁っている分だけ、傲慢の方が偉そうな感じだ。高慢は音も軽いから、後追いのワタクシはこちらにする。

 

「おこちゃまくん」時代

 さて、前置きが長くなってしまったが、肝心の小林よしのりの戦歴を見ていく事としよう。

 ゴー宣の前段は、宝島に連載した『おこっちゃまくん』という漫画である。

 これは単に小林が気に入らない事に愚痴をぶちまけているような漫画で、思想性は皆無である。

 人気が有ったと言うが、正直、理解できない。

 ただ、思慮分別がついてしまった今では考えられない異様な迫力は有って、目に入っただけでつい笑ってしまう剛力さは有る。

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 『おこっちゃまくん』は続けて、『おぼっちゃまくん』連載中のコロコロコミックで、サービス編として掲載された。これは後に「子供編」と呼ばれるもので、読者の子供達が持つ不満を、よしりんが代わりに世間に訴えて不満解消してあげるというものだった。

 このあたりを読むと、この人の本分はこちらだろうと、つくづく思うのだが。

 ワタクシも子供は好きだが、ここまで感情移入できないもの。

 ワタクシはどうしたって大人の目線で、冷静に接しようとするけれど、よしりんは違って、完全に、一片の差異も無く、子供と同化しているのだ。

 今でも時折、童心のような感性を彼に感じる事は多々有るが、やはりそちらが本分なのだとワタクシは思う。

 

 だが、この頃はワタクシは全く目にしていない。

 ジャンプは長年読んでいたから、『東大一直線』は前身の『勉強一直線』から読んでいる。つまり、彼のデビューを目の当たりにした世代である。

 だが正直、どちらかと言えば好きな漫画ではなかった。

 なにしろ絵があまりにも下手で、なんでこんなのを漫画家として雑誌に載せてるんだという違和感が非常に大きかった。

 内容も、さほどは面白いと思わなかった。

 『ど根性ガエル』のように笑った事は、多分、一回も無かった気がする。

 

 それからも小林はギャグ漫画家として量産を続け、そのうち、これは面白いと思う作品を幾つも描くようになった。

 思い出す範囲では、マガジンに載っていた『異能戦士』。これは非常に好きな作品だったが、逆に世間的にはあまり受けなかったようで長く続かなかった。

 『メンぱっちん』も好きだったが、これまた同様。

 まあ、こんなとこか。

 ワタクシが再び小林よしのりの作品を心待ちに毎週読むようになるのは、SPA!に連載していた『ゴーマニズム宣言』となる。

 次回はこれについて語ってみよう。

 

コーマンかましちゃってもいいかなァ

 ワタクシのような傑出した直観力を持つ読者に、数週に渡って感想記事を書いて貰える小林よしのりは、手塚治虫なども超えて幸福な漫画家である。 

ゴーマニズム戦歴 (ベスト新書)

ゴーマニズム戦歴 (ベスト新書)

 

 

*1:ゴーマニズム戦歴(KKベストセラーズ

麻雀で入社面接

社会 博士噺

キーンランドカップ

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 いくら狙いに行ってるとは言え、これだけ擦りもしないのも珍しい。

 それでも同僚の方が相変わらず好調で、今回は一万円が約二万円になった。

 前回はやはりワタクシに1万6千円くれたのだが、今回はさほどの利鞘ではないからいいと言ったのに、三千円くれた。ので、ワタクシも二千円プラスという事だ。

 いやー。持つべきものは気前の良い知り合いだ。もっともっと好調が続いてもらいたい。

 

 

麻雀入社

 入社面接に麻雀を採用している所が幾つか出始めているとか。

 

 たしかに古の中国では、娘の結婚相手が挨拶に来たら、卓を囲んでその人間を判断したとか聞いた気が。

 事程左様に、麻雀には人間性が出てしまう。それは恐ろしい程に。

 更に、運を見るという意味でも採用しているようだが、これって入社試験でどうなのよ。

 確かにワタクシも、人生運が良い人間は勝負運も強く、麻雀も勝ちが多いように思っている。だが、一生を左右する入社面接で「運」を、しかも麻雀で判断するって。

 しかし麻雀も復権の兆しが有るのかねえ。ワタクシの子供の頃の大人の付き合いと言えば、酒と麻雀だったのだが、とんと麻雀やる人間を見なくなってしまったからな。

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挿しす世相史『日本初の民間テレビ放送が開局』

芸能音楽 挿しす世相史

 昭和28年8月28日(金)、日本初の民間テレビ放送局である、日本テレビ放送網(NTV)の開局式が執り行われました。

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 官のNHKとのテレビ第一号合戦は、お互いの面子を懸けて激しく行われ、予備免許取得はNTVが大方の予想を覆す形で一号となったものの、肝心の本放送開始の方はなかなか進まず、準備期間はNTVより長かったNHKテレビが、同年2月1日に既に第一号として開局しておりました。

 日本テレビは、この雪辱を果たすべくカラー放送に関してはNHKを凌駕する取り組み姿勢を見せ、見事に先導的役割を果たしていくこととなります。

 

 このようなNHK対NTVの対抗意識は、昭和時代を通してしばしば火花を散らしました。

 国民行事として民放側も大人しく見守るような形だった紅白歌合戦の裏番組に、真っ向から打倒紅白を謳う番組を置いたのもNTVでした。

 しかし、そもそもの出自からして、実は日本官僚対アメリカ民間勢力という図式が内在されていたという見方もできるのではないかと思います。

*1:昭和28年8月28日付読売新聞夕刊

貧困やらせ問題に絡めて我がブログ活動の原点を語る

社会 恥恥放談

 貧困問題で、NHKが女子高生を巻き込んでしまったようだ。

 ワタクシが考えるに、これはNHK側が一方的に悪い。

 日本に於ける貧困問題にきちんと取り組まず、安易にお涙頂戴式で数字取れれば楽だなという感覚で作ったのだろうから。

 

 巷間よく言われることだが、ワタクシも昨今の貧困報道には些かの違和感が有った。身の回りを見回しても、そんなに問題にするほど貧困者がいるかなあという感じだからだ。

 ワタクシが子供の頃は、いかにも貧乏人という家庭は我が家も含めていっぱい有ったが、それでも「貧困」とはまったく思わなかったし、まして現在に於いておや、という感覚である。

 この違和感の正体に、漸く少しだけ近づけそうな手掛かりを得た。

 

 つまり報道で使われている「貧困」という言葉には定義が有り、それで日本の場合を算出すると、4人家族だと月収25万円の家庭で「相対的貧困」に当て嵌まるのだという。

 たしかに4人家族で手取り22万円というのは、苦しい数字だと思う。昔の我が家のような貧乏な家なのかもしれない。

 でも、それって「貧困」という言葉で表してしまって良いのかと、貧乏家庭だったワタクシなんぞは思う。

 共働きしたり、中学生以上の子がアルバイトしたりすれば、余裕だって持てるのではないか?

 

 今回の場合で言えば、仮にもNHKのドキュメンタリーであれば、きちんと「貧困」とは何かを定義から解説し、なぜ日本でそのような「貧困」が増えたのか、そこを抉るべきだったように思う。

 それをせずに、安直に女子高生を出せば同情を引けるだろうという作りにしたことが、全ての原因であろう。

 いたいけな女子高生を追い詰めるような阿呆はまさかいないだろうが、追求するのであれば、そのような安直なドキュメンタリー制作姿勢を指弾すべきである。

 

 ところで、ワタクシはブログを幾つも持っているが、過去に随所で書いていたように、それらは全て、「未来の日本人(であった人々)」に向けて書いている。

 そもそもは小泉政権時に、ああした政策を行っていく以上、日本でもいずれ貧富の差が問題となるであろうし、下手をすると日本という国柄を根幹から破壊されるところまで行ってしまうかもしれない、という猛烈な危機感があった。

 なぜ猛烈に危機感を持ったかと言えば、大多数の日本人がそうした危機感を持たずに、小泉を礼賛するのみだったからだ。

 2ちゃんねるなんか酷いもので、小泉礼賛の書き込みで溢れかえっていた。

 

 それが徳政を行った為政者ならともかく、日本人に痛みを押しつけてアメリカ様に媚びへつらう政策なのに、だ。

 その結果としてアメリカの人々が多少でも救われるなら、ワタクシも痛みに耐えたかもしれないし、2ちゃんでの礼賛も看過していたろう。

 だが、アメリカはアメリカで、なんの変化も無く一般人は収奪され続けている。

 日本人より間が抜けていたアメリカ人も、事ここに至ってようやく少しずつ気付く人が増えてきたのが、サンダースだのトランプだのの台頭に繋がっているわけだ。

 では、一般的な日本人やアメリカ人から収奪された金はどこに消えているのかという話も、過去記事で少し書いた事が有る。 

 

 さて、2ちゃんでは勿論名無しさんとして、小泉礼賛一辺倒だった空気に楔を打ち込む書き込みを行い、様々な言葉を駆使して、本当にわずかではあるが、一辺倒でもなくす事には成功したと思っている。

 ワタクシの造語と言える表現が週刊誌の書き手などに使われるくらいだったから、自惚ればかりでもないだろう。

 一方で、兎にも角にも政策は実行されているのだから、そう遠くない将来に日本には今より貧しい人々が増えるであろう事も考えていた。

 我が本拠ブログの方は、実は、そのような危機感の下に始めたのだ。

 もう始めて十年以上が経過しているが、その事は折に触れて書いていたような気がするし、常連さんへの私信でも書いた事が有る。

 で検索してみたら、こういう表現が見つかった。

 

ここを始める際にワタクシが最も強く意識していたのは、
読者を未来の日本人に想定するという事です。
家庭用VTR普及前は消えモノだったテレビ番組に関する情報を、
記憶によって語る事により、残像だけでも残そうという、
史料としての語り残しという点は、当然第一にありました。
しかしそうした文化史料的な観点だけでなく、
もう少し感傷的な意味合いも持っていました。
話せば長くなってしまいますので、その辺は、
いずれ開設するであろうニュースエッセイブログの方で、
折に触れ綴っていく事としますが、究極、
貧しいという事だけでは人は必ずしも不幸ではない、
例えば今に比べれば経済的に落ちる生活の中にも、
実は今より確かな幸せを耕す事も可能なんだよ、
という事を未来の日本人に語りかけたかった、
というのも、ここの大きな存在理由なのです。*1

 

 「ニュースエッセイブログ」というのは、ここの前身である初代無駄無駄の事であるが、この文意は、ワタクシの実体験に基づいている。

 先にも書いたように、我が幼少期は貧乏と言える生活だったが、その時その時には恥ずかしいと感じた事も多々有ったものの、振り返ってそれが不幸だったとは、まったく思わないのだ。

 それは何故かと言えば、先ず最も大きいのが、両親がきちんといてくれた事。特に母親だ。

 とにかく貧しかったせいなのだろうが、二人は年がら年中、子供の前で喧嘩していた。前でしたくなくとも、八畳一間だからどうしようも無い。

 

 ワタクシは、いつか両親が別れてしまうのではないかという不安を幼少期に抱き続けていたし、父親が友人に相談に行くのに付き合わされたことも有る。

 道中、馬鹿な親父は、「お父さんとお母さん、どっちが悪いと思うか」と聞いてきた。

 まだ就学前のワタクシには、二人が何を言い合っているのかなど一片もわからなかった。ただ怖れていただけだ。

 ワタクシは、「両方悪い」とポツリと答えた。

 

 しかし二人は、結局別れなかった。

 そのうちに病弱だった母の体も安定し、パートに出掛けられるようになって生活も上向いてきた。

 そうなると、ワタクシが成長して仲裁するようになれたというのも有ろうが、酷い喧嘩も、父親の悪酔いも無くなっていった。

 二人は80を目前とした今も非常に頑健で、二人で国内全県制覇をしてしまった。

 あの頃、もし短慮に別れてしまっていたなら、そんな収穫を人生の秋に得られたのであろうか。

 父親は、基本的に暴力を母親に振るった事は無かったし、経済観念はしっかりした人間だった。これも大きかったに違いない。

 

 ワタクシの昭和時代の思い出は、このように、曇りや雨の日も有ったけれども、概ね薄日の差す薄曇りであって、晴れがましくはないが歩くには不自由しなかったと思っている。

 そして子供の動力というのは素晴らしいものであって、少しくらいの貧しさは、それだけでは不幸と思わないのだ。

 子供が不幸と感じるのは、もっともっと根源的な部分にあるのであって、貧乏になってしまう将来の日本人に、ではどのような心持ちとなれば良いのかの手掛かりを与えるために、あの本拠ブログを始めたのである。

 ワタクシ自身もそれを再確認させられるようなほのぼのとした思い出が届くと、あそこを始めて良かったなあとしみじみ思うのだ。

 

 ワタクシは、だから日本は貧乏で良いと言っているわけでは勿論ない。

 だからこそ、あの頃も小泉礼賛の空気と戦い、今だってアンチグローバリズムの旗を掲げ続けているのである。

 しかし、結果として日本人は、自ら喜々としてあのような政策を支持してしまった。従って今の結果は受け入れなければならないし、次に繋げなくてはならない。

 巷に溢れている「貧困」を在り来たりな不幸として切り取って扱って、それで得られるものが有るのだろうか。

 それを楽しむ術も、真の不幸とならぬ為の心遣いも、そこから脱するための正答も、どれも昭和時代に詰まっている。

 ワタクシは、回顧のためだけに昭和昭和と言っているわけではないのである。

*1:2008/10/13

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朝日ソノラマはなぜ鉄腕アトム主題歌を独占できたのか(28)

芸能音楽 昭和テレビ特別寄稿 テレビ主題歌史

 昭和41年開始テレビまんがの話に戻ります。

 『ハリスの旋風』はピープロ作品で、朝日ソノプレスの独占となりました。

 橋本一郎著作にはこの作品の話が出て来ないので、別の者が担当したのでしょう。

 そもそもピープロ第一作の『〇戦はやと』の時には、ソノラマは権利を取れず、ビクターの独占となっていたのですが、この逆転劇にはどのような背後が有ったのでしょうか。

 

 『マグマ大使』は昭和41年7月4日放送開始。『ハリスの旋風』はそれよりやや早く5月5日と、ほぼ同じ頃に制作を開始していたと思われます。

 ですから、『マグマ大使』でピープロとの繋がりが出来た事が大きかったのでしょう。

 しかし、その『マグマ大使』も含め、これ以後のピープロ作品音盤は、どれも複数社共作となっています。

 それなのに、視聴率30%を越える大人気だった『ハリスの旋風』が、何故ソノラマ独占で通ったのでしょうか。

 

 これは、きっと当時の『ハリスの旋風』に対する風当たりの強さが影響しているのではないかとワタクシは考えます。

 当ブログ「漫画投句」で書きましたが、『ハリスの旋風』は、喧嘩漫画第一号と言える内容でした。

 それまで児童向け漫画というものは、エログロは勿論、暴力描写などは考えられないものだったのです。しかし、『ハリスの旋風』では、殴る蹴るという乱暴者の描写が頻出します。

 これを受けて、当時は今では考えられないくらいお堅かったPTA筋などが、特にテレビ版に向けて猛抗議をしていたのでした。

 この辺で、これまで述べてきたように、やはりまだ頭の固かった古いレコード会社の面々は、音盤化に積極的ではなかったのではないかと思います。

 

 『遊星仮面』の音楽は三木鶏郎ですから、『遊星少年パピイ』のように、高額な権利料さえ支払えばなんとかなったのでしょう。ソノラマの他に、勁文社とビクターからも出されました。

 但しビクターは、レコード会社の誇りか、ロイヤル・ナイツを使っての独自原盤としました(テレビ版は鉄人28号・パピイと同じくデューク・エイセス)。

 ビクターは『レインボー戦隊ロビン』でも、ロイヤル・ナイツを使って、ただ一社の独自音源としておりました。

 

 『ロボタン』は大広という広告代理店が直接グリコから受注していたという非常に特殊なテレビまんがで、朝日ソノプレスの他に、テイチクも音盤化しています。

 テイチクはレコード会社ですから当然レコードとして出したのですが、その他に、「テイチク・フォノグラフ」としたシート盤との、二面作戦で音盤化しています。

 意図はよくわかりませんが、両者の実売差を測ってみたのでしょうか。

 

 ロボタンの主題歌は、古今亭志ん朝が歌ったものだけがOP曲として知られているようですが、ワタクシの中学時代に同級生が「ロボタン知らないだろう」と得意がって歌っていた歌は、後に思えば、初代ED曲の『ロボタンマーチ』でした。

 だからワタクシは、後にロボタン主題歌を聞いた時に、(あれー、あいつが歌っていたのと違うな)と思ったものです。

 『ロボタンマーチ』はOP主題歌ではなかったのでしょうか。彼はED主題歌を、わざわざロボタンの歌としてワタクシに吹聴していたのでしょうか。

 

 グリコはお菓子の景品にシート音盤を付けた事も有って、『遊星少年パピイ』と『ロボタン』の物をワタクシは見た事が有ります。

 そして『ロボタン』の景品音盤は、『クリスマス』の歌と共に、『ロボタンマーチ』が収録されているのです。

 普通、こういう場合にED主題歌の方を収録するでしょうか。

 以上のことからワタクシが推測しますに、二年間放送された『ロボタン』は、二年目に入った頃(クリスマス前)にOP主題歌が『ロボタンマーチ』に変更されたのではないでしょうか。

 ネット上でも、そのような実見談を見つけましたので、情況証拠から、ほぼ間違い無いでしょう。

http://akimog.web.fc2.com/animesong/animesong-02.html#robotan

 

 なお、グリコ版ロボタン音盤に関しましては、拙作個人誌に写真を掲載してございます。

昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之参 - 個人誌 昭和テレビ大全集シリーズ - Yahoo!ショッピング

皇統弥栄でない連中が今度の朝生に出演

社会 不理意投句

 明日深夜、土曜早朝の『朝まで生テレビ』で、小林よしのり高森明勅竹田恒泰が直接対峙する。 

 『生前退位』対『生前譲位』。女系派 対 男系派。

 どちらも皇統弥栄が最優先ではないであろう事は、「生前」という言葉を用いることに現れるという事は既に書いた。 

 

 昨今の物言いで非常に解せないのは、悠仁殿下を皇位に就かせまいとする連中がいる事だ。

 敬宮殿下は確かに男系女子だから、皇位に就かれても伝統から外れてしまうものではない。

 しかし皇祖天照大神以来、皇統を継ぐ女性は男系男子と婚姻するか、生涯未婚を通さねば伝統を完遂できないのである(天照大神も未婚)。

 もし敬宮殿下が皇位にお就きあそばした場合は、そのような問答が世間に巻き起こることは必定で、敬宮殿下やお相手は勿論、民にとっても不幸な事である。

 才能が豊かと伝えられる方でもあり、そういう才を活かす活動に従事される方が皆が幸福に近づく気がするし、皇室は不自由でお可哀相と思うのだったら、特に女性は、臣籍降下の方へとお導きして差し上げるべきだろう。

 

 逆に女系継承を今の段階で認めようとすれば更に紛糾するのは必至で、その辺は陛下も恐らく察知されていらっしゃるであろう事は女系派連中だって解っているはずなのである。 

 野田内閣当時に、継承問題は取り敢えず置いての女性宮家問題を取り扱っていたが、その際に宮内側からは、複数の案が打診されていたという。

 つまり、ワタクシのような皇統弥栄派(なるべく多くの選択肢を全否定せず男系を優先する)から見たら非常に妥当な案が俎上に昇っていたことになる。

 こうした事も悠仁殿下の存在も無視し、悠久の歴史伝統も「男尊女卑」と一言に切り捨ててまで、とにかく敬宮殿下を天皇にしてからの女系継承にのみ固執するのは、一体なにが目的なんだか。

 

 もし敬宮殿下が皇位に就けば、年齢的にも系統的にも、悠仁殿下が皇位に就くことは難しくなる。今ですら、皇太子殿下の次に秋篠宮殿下では年齢が近くて駄目だなどと申す輩がいるくらいなのだから。

 民に安寧をもたらそうと秋篠宮両殿下がお見せになった決然としたご覚悟を無為にして、それで恬としていられるというのが、昨今の女系派である。

 旧宮家への物言いを見ても、惻隠の情とかに属する心情を持たぬ、畜生に近い輩と言わざるを得ない。

 そうして、そういう者は、今上陛下が素晴らしい方だから支持するのであって、過去の血統などは眼中に無いと公言する。

  

 こういう連中は、もしGHQが皇室を廃止していたなら、その場合の元の天皇ご一家など歯牙にも掛けていないであろう忘恩の徒であるから、よくよく注意しなければならない。

 今は一見すると親皇のようにも見えるかもしれないが、なんの事は無い、自分が気に食わない人間になったら天皇なんか知らないと言い出しかねない論拠であって、これは看過してはならない事である。

 現実に、ご皇族の中にも物議を醸すお方は度々お出になるわけだが、それをもって皇統を否定するなど左翼の物言いと同じであるし、更に言えば、実は連中が激怒していた、皇太子殿下排斥派とも同じ主張だという事も気がついていない。

 彼ら(廃太子派)は彼らにとって皇太子殿下が天皇に相応しくないと考えて廃太子を主張しているのだから、今上天皇のお人柄を敬愛するから天皇を支持するのであって皇統は知った事ではないとする者と、生地を裏返して見た模様のような様相と、ワタクシは憶える。

 

 一方の竹田側の目的は、自分の宮家の皇籍復帰なわけだから、判り易い。

 自分のお家の名誉を回復したいと願うのは、子孫として当たり前の感情のように思う。

 女系派に拠れば、皇族というのは自由が認められないお可哀相な存在であり、好き好んでなる人間なんているはずが無いという。

 だがそれでいて、竹田恒泰に関しては、自らお可哀相な地位になろうという憂国の人とは捉えないのだな。

 とにかく女系派の主張は恣意的で目茶苦茶な論理展開ばかりなのだから(悠久の伝統に逆らうのだから理の当然としてそうなる)、ワタクシから見たら破折は赤児の手を捻るより簡単なのだが、なかなかそれをできる人材が男系派にいない。

 

 おそらく朝生のようなテレビ番組では、小林よしのりのタレント性に引き摺られてしまうのがオチだろう。

 竹田恒泰も幾らかテレビ慣れしているとは言え、昨今の知性絶滅した日本民衆には、刺激的な物言いをする人間の方がウケるのではないかという懸念が有る。

 しかし、有史一千五百年の伝統は、知性などという些末なものを凌駕する力を持っている。

 だから先日の小林も出演したニコニコ動画の番組のような、多少は皇統について知っている人間が集まる場では、男系支持と女系支持がほぼ同数という割合に拮抗する。

 これが一般的な民衆へのアンケートだったら、何も考えずに女系でも良いと答える人間がもっと多いのではないか。

 つまり皇室・皇統への理解が深まれば、如何に皇室の伝統というものが稀有な人類の財産なのかが迫ってくるという事なのだと思う。

 

 女系派連中もそれが解っているから、なるべく皇統に関して解説しないのだろう。

 天照大神が女系だとか、女系継承の実例は有るだとか、およそでっち上げとか嘘八百としか言えないような主張を平気でするのも、高森明勅が敢えてそれに解説を加えず看過するのも、なんとか民衆に女系を納得させようという誑かしである。

 それが女系しか選択肢が無いという情況でなら、まだ微笑ましく見ていられるが、男系継承の方策が残っている段階でひたすら女系に走る意図はなんなのか、非常に不可思議なものが有る。

 有史一千五百年、先達が守ってきたものを可能な限りお守りするという事は、ご皇族は勿論の事であるが、我々だって意識すべき事なのではないか。

 此度の一連の紛糾は、それを日本人に意識させる歴代天皇のご英知なのであろうとワタクシは拝察している。

 

 だから我が新典範考は、ワタクシは諸々の存在に向けて書いていたのだが、表層しかなぞらえる事のできぬ無道心のものには、やたら慣れない敬語を使おうとした回りくどい文章としか映らなかっただろう。 

 これは知性絶滅した現今の日本人など、実はあまり当てにしていない。

 そもそも生きている人間が死んだらどうすべきかなどという話は、通常のただの著名人であれば、間違い無く有り得ない話である。

 例えば大橋巨泉が「遺言」を残していたが、それを受けてですら、まだ生きている段階で巨泉が死んだらどうこうなどという話をしたら、世間的には顰蹙を買うだろう。

 いくら現今の日本人でも、まだそのくらいの慎みは残っているのではないか。

 

 だが、天皇という存在は日本の象徴であり、その行く末が日本の在り様にも関わってくるので、一般的な著名人とは異なってくる。

 とは言え、死を前提とした話は、相手が天皇でなくとも誰であれ、最大限の畏まり、慎みを以て話すべきだというのが、古い人間となってしまったワタクシの持つ常識である。

 「平成天皇」と記述しようが「どうでもいいこと」と、かつては言葉の専門職であった「作家」が恥も外聞もなく世間に向けて書き殴り、「生前」譲位・退位だのと親皇を自称する連中が口にする知性絶滅の世であるから、そうした連中はあまり眼中に無かった。

 ワタクシは、「知性」にのみ語りかけたのだから。

 

 尤も、口で絶滅絶滅と言うのは、そうあって欲しくないという裏返しでもある。「死にたい」という人間は「死にたくない」のと同じなのだ。

 朝生にはそうした面での期待は全く、完璧に出来ないが、また見た後に感想も書いてみたい。

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