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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

挿しす世相史「都営地下鉄の営業初日大混乱」

社会 挿しす世相史

 昭和35年12月4日(日)、東京都営地下鉄が営業初日を迎えましたが、幾つかの不首尾で混乱しました。

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 押上から浅草橋の間の線だったのですが、工事の不備で当日になっても運輸省の認可が下りず、空車で走るなどの光景が繰り広げられました。

 これは浅草橋駅階段のタイルや手すりなどが未完成で、乗客の安全確保に怠りが有ると判断されたためです。

 11月30日の「完工式」の際にもこの事態は予測されていたのですが、当日までの徹夜作業も間に合わず、この失態となったのでした。

 

 14時半になって漸く許可が下り、同49分発浅草橋発青砥行きの車両で初めて乗客を乗せて運行しました。

 第一号の切符を求めて徹夜した客もおり、その上、都交通局の首脳は雲隠れしてしまったために各駅長も事情を説明できず、混乱に拍車を掛けました。

 その場の機転で駅内を案内したり、電車に触らせるなどの「案内」をするなどして客をなだめるなど、現場の苦労は相当なものでした。

 来る東京五輪の施設も色々と遅れておりますが、このような失態の無いようにお願いしたいものです。

 

*1:昭和35年12月4日付読売新聞夕刊

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恥恥放談「カジノ法案衆院通過ほか」

社会 恥恥放談

Gさん(仮名)「なんなんですか、この形は?」

ごいんきょ「いや、今回から恥恥放談は、対談形式にする事にしたのだよ」

 

G「対談形式って、一人しかいないのに馬鹿じゃないんですか!?」

ご「そう言うな。わしの内面の声である君に聞き手になって貰うという趣向なのだよ」

 

G「本当は知ってますよ。この間、漫画投句で『大市民』やったもんだから、ああいう風にやりたいなと思いついたんですよね。あなた、何年か前には『ゴーマニズム宣言』に感化されたブログやってたでしょ。節操無さ過ぎじゃないんですか」

ご「き、気にするな! そもそも題名の元となっている時事放談だって、二人か三人でやってたじゃないか。だから、これでようやく本道になったんだよ」

 

G「まあいいや、どうせ読んでる人なんか10人もいないんだから。そう言えば、なんで誰も読んでないのにこんな記事を書いてるんですか」

ご「憂さ晴らしだ」

G(やっぱり………)

 「ところで、日刊ゲンダイがスクープっぽいですよ」

 

ご「ああ、百田何某が外人どうこう言って軽く炎上した事件か。やはり実力者の家系だったという話か」

G「そうなんです。最高裁判事の曾孫で、家系はみんな法曹・政治関係者だっていうんですよ」

 

ご「でもゲンダイだろ。ゲンダイ信じてどうする。夕刊紙だぞ。そんな調査能力あるのか?」

G「いやいや。腐っても講談社ですから。まったく火の無い所に煙は立てないでしょう」

 

ご「ゲンダイは現代とは違うからな。講談社が直にやっているわけではないし。いつも、なんの取材もせずに小汚い感想文を書き散らかしているだけだぞ。これだって妄想じゃないのか」

G「うーん、たしかに完全な信用は置けませんけどね」

 

ご「まあ、仮にゲンダイの記事通りだとしても、警察が情報を発表しなかった理由は、まだ決めつけられないな。

 とにかく、わしが言いたい事は、酒は嗜んで飲めという事だ。へべれけになるまで飲めば、体にもなんにでも、ロクな事が無い。正体を失うまで飲んではいけないし、正体を失うほど飲ませようという人間と一緒に酒を飲んではいけない」

G「そんなこと言うのは簡単ですけど、あなたと違って普通の人は、相手に遠慮して勧められたら飲んじゃうんでしょう。

 

 カジノ法案が可決されましたけど、ギャンブル好きなあなたは嬉しいでしょう?」

ご「うーむ。今後によるかな。弊害の方が大きいのでは話にならない。わしは以前から言っているが、日本人は会員制にして、きちんと収入証明書を提出させて、一定割合の中でしか遊べないようにすべきだと思う」

 

G「外人はどうするんですか」

ご「外人は自由でいいよ。奴らにどんどん金を落とさせるためのカジノなんだから」

 

G「日本人は保護するが外人は破綻しても良いというのは如何なものかと五月蠅い人たちもいるんですよ」

ご「大量の借金をしてカジノ用の資金を抱えてくる人間もいないだろう。日本にカジノを主目的に来る人なんかいるわけないんだから。

 国内の人間は、サラ金とかで借りてやる奴が出てくるから規制は必要だろう。だが、外人は借金できないんだから、用意してきた小使いを巻き上げるくらいは許容範囲だろう」

 

G「でも、外人と日本人と分けての運用はできないでしょうね」

ご「ならば、カジノなんかやるべきではないな。日本にそれだけの運用能力は無いよ。かと言って、他国の運営会社に任せたら中抜きが馬鹿馬鹿しいし」

 

G「でも法案が通った以上、やるんでしょうね。オリンピックに合わせてだろうから、お台場なんでしょう、やはり」

ご「公共企業のテレビ局が賭場を開帳する世の中になるのか。世も末だわな。そんな日本を見たくは無いな」

 

G「もし出来ても行かないんですね?」

ご「いや。だから、きちんとした会員制ならば行くよ。カジノは嫌いではないからな」

 

G(行くんじゃねーか!)

 「天皇陛下のご学友が、陛下が退位の制度化を望まれていると官邸に申されたようですが」

ご「そもそも、8月8日の勅語で陛下御自ら仰っていたわな」

 

G「それなのに”有識者”とかいう人たちが、あの時のご発言を否定するような言葉を連発してましたからねー」

ご「陛下ご自身のご意志なのか、ご学友が憂慮されての事か。どうも麻生太郎も噛んでいるようだな」

 

G「麻生さんは三笠宮寛仁親王妃殿下が実妹ですからね」

ご「要するに、陛下ご自身か、もしくは非常に近い方が憂慮して、麻生家にも働きかけたという事だな。安倍晋三に近い位置に有る麻生も、この問題では陛下のご意志通りにという立場を取ったと考えて良いのではないか」

 

G「きちんと典範を改正して、退位を制度化すべきという事ですね。女性宮家女性天皇に関してはどうなんでしょう」

ご「話はそこまで行かないな。先ずは典範を改定して、退位規定と共に、秋篠宮家の扱いをきちんとしないと」

 

G「皇太弟の規定ですね」

ご「皇太弟という狭い規定に捕らわれずだな。陛下が”譲位”を望まれているのも、宮家に皇位を移すのに、それが最も形になると思われたからではないのかな。以前も週刊誌に、皇太子殿下への譲位から悠仁親王殿下への譲位をお考えであると報道された事が有るな」

 

G「年の近い皇太子殿下がお年を召してからの秋篠宮殿下への皇位委譲では、安定的でないという事ですかね」

ご「これまでの報道や勅語から察するに、その様に受け取れるな」

 

G「陛下は敬宮内親王殿下を皇位に就かせたいのだと言っている人々もいますが」

ご「小林よしのり一派だろう。彼らはトバシが多いから。それでいて小林も高森も、謝罪も訂正もしないから、盆暗があそこしか見ていないと事実を見逃してしまうんだよ。

 確かに悠仁殿下のご誕生前は、陛下にも女性天皇やむなしかというお考えも有ったのかもしれない。それしか選択肢が無い状況が想定されたのだから。

 だが、今は悠仁殿下がいらっしゃるのだから、当然そちらを優先してお考えであろう。秋篠宮妃殿下は、悠仁殿下を『両陛下からお預かりした大切な命』と仰っているという。これが何を意味するか、わかりそうなものだ」

 

G「でも、向こうの人は一言もそんなこと書いてませんけど」

ご「とにかく女性天皇から女系天皇までなんとか自分たちの手で実現させたいんじゃないのか。悠仁殿下が皇位にお就きになっても、それは当たり前の話だからな。だが、敬宮殿下が皇位にお就きになれば、そのための発言をしていた者たちは手柄という事になるから。

 と思われかねないくらいに、妙に悠仁殿下の存在を無視しているな。先日の事故に関しても全く触れないって、皇室の未来について語っている人間なら有り得ないだろう、普通。

 彼らが第一に考えているのは”皇室の未来”じゃないんだよ。小林は、女が好きなだけなんだよ」

 

G「あなたは好きじゃないんですか」

ご「そりゃー好きだが、皇位は全く別の話だからな。天皇という位は、女性には基本、不向きだろう。確かに過去に女帝は数人いらっしゃったが、摂政を置かれたりしているからな。

 現代の天皇という責務を、摂政も置かずに身籠もりながら子育てしながら続ける事が出来るのか。非常に過酷な事を要求しようとしているのではないか、彼らは。

 第一、皇太子殿下も妃殿下も、敬宮殿下が幼い頃から、天皇にしたいという事とは反対と取れるご発言をしばしばされている。それは高森明勅なら、本当はわかっているはずなんだ。だから、余計に彼への不信感が強いんだな、わしは。

 敬宮殿下だって、天皇となりたいと思っていたら、ああまで人前に出る事に緊張されないだろう。才能が有る方なのだから、もっと民間に近い位置でご活躍なさる事が最も幸福なのではないかなと、わしは思うよ」

 

G「結論は、あなたも女は好きだという事ですね」

ご「流石に一心同体だけはあって、よく判っているな」

朝日ソノラマはなぜ鉄腕アトム主題歌を独占できたのか(42)

芸能音楽 昭和テレビ特別寄稿 テレビ主題歌史
もーれつア太郎

 『おそ松くん』に続いて世に出た赤塚不二夫ギャグのテレビまんがで、ニャロメという猫が特に持て囃されました。

 この時期はテレビ番組が総カラー化へと向かっている真っ最中で、その時期に比較的長期放送となったこの番組は、当初モノクロだったものが後にカラー放送となりました。

 提供は大正製薬と河田で、河田が発売していたダイヤブロックは、我々の世代なら遊んだ事が無い人はいないと思われます。

 この作品がテレビ化された理由も、先述のような事情が絡んでいました。

 

 即ち、この時間帯の提供をする企業は、もう客単価の安い子供だけを相手にしていては旨味が無くなっていたのです。

 そこで大人も対象に出来るものを探し、「任侠路線」を標榜できて義理人情を謳えるこの作品が選ばれたのでした。

 提供会社の片方には、目論見通りに大正製薬が付いてくれたというわけです。

 親分、子分といった任侠調を子供番組に持ち込むのはどうかという指摘もされましたが、好視聴率に支えられて一年半を超える長期放送となりました。

 

 主題歌もそうした路線に沿って、テレビまんがとしては非常に異例の演歌調となりました。

 従って、主題歌歌手にも桂京子という、通常なら子供番組には起用されないような押し出しの利いた歌手が起用されました。

 この桂京子が東芝専属でしたので、テレビ通りの歌が聴けるのは、レコードでは東芝の物だけですが、エルムからも副主人公のデコっ八の声を演じていた加藤みどりによるカバー盤が出されました。

 

 朝日ソノラマによるシート展開は最も精力的で、最初の主題歌と終了主題歌の収められた物の後、終了主題歌が「もーれつ音頭」(曲名「ア太郎音頭」)というお決まりの音頭物に変更となった際に二枚出されました。

 前述のエルム版に主題歌と一緒に収録されているのも、この音頭です。

 ソノラマは更にココロのボスという新手の登場人物のテーマを収録した物も追加し、都合四枚も発売しました。

 しかし、第三終了主題歌の「ニャロメのうた」は1クール13回しか使われなかったため、どこからも音盤化されませんでした。

 

 

忍風カムイ外伝

 第一作『鉄腕アトム』(明治製菓提供)以来、テレビまんがを支えてきた製菓会社が、経費の増大とその客単価の安さから少しずつ提供から距離を置き始めた事は、テレビまんがの世界にとって痛い事でした。

 そこで、様々な方策でより広い世界の提供会社を開拓にかかっていたのがこの時期で、この『カムイ外伝』も、正に狙う購買層を若者に引き上げて企画されたものでした。

 白土三平による劇画『カムイ伝』はテレビ化には不向きな作品ですが、その忍術対決を切り取った『外伝』の方で、若者を釣ろうとしたのです。

 提供は東芝で、若者にラジカセを買ってもらおうという展開でした。

 

 提供が東芝ですから、音盤も勿論、東芝から出されました。

 これは昭和34年という東芝レコード創生期の『遊星王子』時代からの規定事項です。

 歌手には「奇跡のカムバック」を果たして再び注目を集めていた、水原弘という超一流が起用されました。

 これだけの大物が主題歌を引き受けるくらいに、「漫画」「テレビまんが」というものの社会的実力が、急速に認められていった時期とも言えます。

 東芝専属の水原弘でしたが、朝日ソノラマも音源借り受けに成功し、シートを発売しています。

 

 

どろろ

 こと漫画に於いては挑戦者であり続けた御大・手塚治虫が、世の妖怪ブームに対して、自分にも描けると挑戦したもののようです。

 身体48ヶ所を欠損して生まれた百鬼丸が、妖怪を退治する毎に一つずつ部位が戻ってくるという、聞くからに見るからに一種異様な世界でした。

 そのため、パイロット版はカラーで作られたものの、放送のものは敢えて白黒で製作されました。

 このように、本来の主人公はあくまでも百鬼丸で、どろろという子供は百鬼丸について回る存在に過ぎなかったので、後半からは番組題が『どろろと百鬼丸』と判り易くされました。

 

 藤田とし子(淑子)の歌う主題歌のレコードはテイチクからのみ出されましたが、これが歌手の藤田がテイチク専属だったからか、他社がこの特異な設定に尻込みしたのかは不明です。

 朝日ソノラマはこれもシート化したのみならず、あまり話題にならなかった作品にも係わらず二種類も発売しました。

 もし藤田淑子が当時テイチク専属だったとすれば、借り受けに際して販売枚数を保証したのかもしれません。

 或いは手塚治虫虫プロとの『アトム』以来の繋がりの故という事も考えられます。

 

 『カムイ外伝』と『どろろ』は、まったく同じ日に始まりました。

 フジテレビ日曜日の、前者は18時半、後者は19時半からの番組でした。

 前者の提供は東芝で、後者の提供はカルピス。

 そして、どちらも2クール26本の放送だったために、終了の日も同じでした。

 劇画の代表・白土三平と漫画の代表・手塚治虫による、前者は非人、後者は片輪という被差別者を描いた娯楽時代劇が、まったく同じ日付で放送されていた凄い時代でした。

 しかし、どちらも現在の評価は高いものの、放送当時の反響は今一つで、前者は『サザエさん』、後者は『ムーミン』という家庭向けホノボノ路線へと舵を切り直し、これが両者ともに大当たりして、後々まで長く続くフジテレビ日曜黄金時代を築くに至ります。

 

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ウンザリの流行語押し付け大賞と電通の傍ら痛さ

社会 不理意投句

 毎年毎年、年末になると、この「流行語押し付け大賞」と「今年を一字で表せるはずが無いのに押しつける漢字」が大々的に発表されて、年の瀬の気持ちが苛つく。

 よくもまあ、ここまで流行ってない言葉を「大賞」として世間様に堂々と発表できるものだ。

 

 もう少し丁寧に言うと、所詮は営利企業が勝手にやっている事なのだから、何を表彰しようと自由である。

 だが、何故そんなものを全国紙とかテレビがいちいち報道しなければならないのか。それも、有り得ないくらいに大々的に。

 だから全く興味が無いこちらまで、神経を逆撫でされてしまう。

 

 いつまで「流行を作り出せる」と思い上がっているんだか。

 ご本尊の電通があのザマになっているのに、まだ気がつかないのだろうか。

 きちんと世間の声を反映できない「流行語大賞」なんてものを有り難げに報道しているなんてのは、碌でもない連中だと判別できる。

 電通と言えば、つくづく度し難い。

 

 驕り高ぶった姿勢で何十年もやって来られたものだから、急に方向転換できる運転技術を持っていないのだ、上層部が。

 本来なら上層部総入れ替えくらいの荒療治をしなければ生まれ変われないわけなのだが、それも難しいだろう。

 放送事業に不可分なほど浸かっている企業なのに、放送局のようには規制が及ばないという部分に甘えていたツケが噴出している。

 社内がネット世代の人間で埋め尽くされるまで、カスゴミ様とその周辺の思い上がりは、きっと消えないのだろう。

WBC失敗の理由

スポーツ 不理意投句

 こないだの恥恥放談で大谷を称える文を書いた時に、「ことエンターテイメントに於ける日本人の感性には徹底的に絶望している」と書いた。 

 実はその時に、WBCに於ける日本球界が犯した愚についても書こうと思っていたのだが、また長くなりそうになったので途中で消していたのだ。

 そうしたら、折しもこんな報道が飛び込んできた。

 

 予想された話である。アメリカが盛り上がるはずが無い。

 そもそも第一回の時に、日本が本気で優勝を狙いに行き、あまつさえ待遇改善を訴えるためには実力を知らさなければなどと本気で連覇を狙いに行った時点で、コイツらは本当に興業をわかっていないとワタクシは呆れ果てたものだった。

 

 ベースボールはアメリカが発祥であり、アメリカの国技のような球技であり、WBCは、ひとえにアメリカ側の興業者たちの尽力で実現したものだろう。

 そうした歴史、日本その他の国の市場や政治力の矮小さを考えれば、アメリカが主導権を握るのは理の当然であるし、日本はそれを献身的に補佐するくらいの立場であったはずである。

 先ず、そこを履き違えた。あの頃、デモだのなんだので日本球界が盛り上がったので、驕り高ぶったのだろう。

 

 興業として考えれば、大リーグを引きずり込まなければ絶対に成功するはずが無かった。

 では、どうすれば大リーガーが参加したがるようになるかと言えば、アメリカの野球ファンに注目されるようにしていくしか無かった。

 なのに、セコセコとした日本野球で「勝ち」を最優先にし、日本が二連覇、3回目はドミニカなんて小国が優勝で、アメリカは第二回の四位が最高という有様である。

 こんな大会にアメリカ人が熱狂するはずも無いだろう。

 

 では、どうすれば良かったか。

 アメリカ人が考える「ベースボール」で闘う事を至上命題とし、勝敗なんぞ二の次にすべきだったのだ。

 まさか選手に「負けろ」とは言えないから、そこは指揮官が上手く選手を誘導し、当座は勝敗よりアメリカ人を楽しませる事を優先しようという姿勢で臨むべきだった。

 ワタクシは当時からこの点で憤慨していたし、まして本当に日本が優勝するに至っては、空気の読めない連中だと呆れた。

 アメリカが実現に尽力した大会の、それも第一回を、本気で優勝狙いに行ってどうするんだと。

 

 あそこで、もしアメリカが優勝して「アメリカの野球はやはり世界一なのだ」となったら、もっとアメリカ人が湧いて、注目されるようになっていったかもしれない。

 仮にアメリカが優勝できずとも、アメリカ的なゲームを楽しむベースボールが世界各国で繰り広げられていたら、興味を持つ層も増えたかもしれない。

 そうすれば必然的に大リーグからの参加者も増えて、本当に強いアメリカを相手にするようになっていったろう。

 本気を出すのは、それからでも遅くなかった。

 アメリカ人に受けないチマチマした野球をやってまで勝ちに行った連中は、WBCを潰しにかかっていたようなものである。

 

 日本だけの問題ではないと思うが、あまりにもアメリカ人を、アメリカの野球を、軽視し過ぎたツケというものだ。

 待遇改善を認めさせるために絶対に連覇しなければなんて言っていた連中は、今般の事態をどう考えているのか。

 アメリカが圧倒的に潤う体制のままなら、むしろ無くなって良いと清清しているのだろうか。

 とにかく、大会そのものが無くなってしまえば、収益配分で冷遇されるという事も無くなるのは確かである。

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昭和唱和ショー「オブラート」

ノンセクション 昭和唱和ショー

 今日、会社で出社早々にインフル気味で帰宅した男がいたが。こないだまで暑い暑いと思っていたら、もう、そんな季節になっていたのだ。

 昔は風邪薬というのは粉薬と相場が決まっていて、子供には非常に飲みづらいし苦いものだったので、子供は薬を飲むのを嫌がっていたものだ。

 そうこうするうちに、昭和40年代半ば頃からか、シロップ状の、ちょっと甘みの付いた飲み薬も出るようになったが、それとても味はお粗末で、少しはましだが、あまり飲みたくはない代物だった。

 

 とにかく粉薬は大人でも飲みづらいものだったので、欠かせなかったのがオブラートである。

 ペラペラの半透明の円形の膜で、そこに粉薬をぶちまけて、折り畳んで一まとまりにして、一気に水で流し込むという使い方である。

 最近はほとんど見なくなったというか、使う必要が無くなっている。

 医者がくれる薬は、殆どが錠剤かカプセルとなっている。

 

 また、往時は飴にもよく用いられていた。温度などで飴がべとつくのを避けるために、よくオブラートにくるんであったのだ。

 だが、その用法にしても、昨今はあまり見かけないだろう。

 それだけ技術が進歩して、温度変化などが少なくなっているのだろうし、包装紙にも進歩が有るのだろう。

 そうして、オブラートの用途は壊滅的に無くなった。

 

  上記のように、今でも販売はされているようだが、子供用にはゼリー状のオブラートというのも出来ているのだと。

  

  しかし、薬なんて苦い思い、嫌な思いをするところに意味が有るような気もする。

 もう、あんな苦い物を飲みたくないと思って、風邪を引かないように気をつけるとか。

 こじつけかねえ。

漫画投句「大市民(シリーズ)」

ノンセクション 漫画投句

 柳沢きみおの『大市民』が、いつの間にか再開していたのだ。

 掲載誌は、サンデー毎日。今度の題名は、『大市民挽歌』である。

 「挽歌」というのは、つまり現在68歳となり、75まで活動したいと願う作者が、死を意識し始めた境地での作品という事に拠る。

 

 『大市民』は、作者を投影した山形という作家の日常を描く創作エッセイ漫画だが、作者自身ではないとは言え、かなり色濃くと言うか、殆ど作者と同一に描いているので、エッセイの要素も非常に大きい。

 それでいて劇中の人物たちは創作の世界で話を進めているので、創作とエッセイの混合形態と言えよう。

 掲載誌を渡り歩きながら断続的に継続しているという、一応は創作の筋物漫画としては異例の存在と言える。

 

 ワタクシの生涯を通して最愛の漫画家はと問われたら、柳沢きみおの名を挙げるだろう。

 小林よしのりにも、かなり入れ揚げているが、ワタクシが子供の頃は特に好きでもなくて、殆ど『ゴーマニズム宣言』以降の付き合いと言える。

 だが柳沢きみおとの心的繋がりは、もっと長くて深い。

 

 彼は少年ジャンプでデビューして、最初の連載が『女だらけ』という漫画だった。

 初期はギャグ漫画家の範疇だったのだが、ハッキリ言って、面白くはなかった。ただ、お色気サービスが過剰に有ったので、そこは楽しみにしていたと思う。

 12月になってだと思うが、作中で、年賀状をくれた人には全員に返事を出しますと彼が描いた。

 ワタクシは節操も無く、大して好きでもないのに年賀状を出した。

 

 彼からの年賀状は来なかった。

 忙しいんだろうなとは子供でも想像がついた。

 あんなこと書くからだよと、却って、軽く同情してしまった。

 果たして、巻末に、返事が遅れているという彼のお詫びが載った。

 

 ワタクシは、まったく催促はしなかった。

 ずっと気になってはいたが、そうなると逆に、いつ来るのか、二年先か三年先か、どうなるのかむしろ面白くなっていた。

 たしか6月頃だったろう、ようやく返事の葉書が来た。

 サッとカラーサインペンで描かれた六助(主人公)の顔が有り、「おくれてごめんベチ」という一文が添えられていた。

 凄く嬉しかった。

 

 「好きでもないのに」と先に書いた。それは間違い無かった。あの当時は、まったく気にも止めていない漫画家だった。

 だが、やはり気にも止めていなかった本宮ひろ志も、『大ぼら一代』連載当時に、クイズの正解者全員に返事を出すとかいう企画をやった事が有って、ワタクシは答はわかったが、葉書を出す気にならなかった。

 その事については次回にでも、『大ぼら一代』を扱って書いてみよう。

 

 本宮には考えた末に出す気にならなかったのに、柳沢には迷わず出した。

 ワタクシは、後から思うと、これが「縁」というものなのかなと思う。

 まったく面白くなかった彼の作風が、その後の『翔んだ!カップル』の大ヒットを経て、周囲への失望からどんどん作風が暗くなるにつれ、ワタクシにとっては引っ掛かる漫画家となっていった。

 だが、『翔んだカップル』を知っている人はそこそこいても、それよりやや先に始まり、柳沢きみおという漫画家にとって分岐点となった『すくらんぶるえっぐ』を知る人は、壊滅的にいないであろう。

 ワタクシが彼に魅せられたのも、実はそれが起点だった。

 

 ワタクシが人生で最も魅了された漫画『すくらんぶるえっぐ』については又の機会に書くとして、そうして彼の漫画が非常に魅せられるものとなってからは、殆ど全ての作品が面白く感じられた。

 中でもワタクシが一押しなのが、『俺にもくれ』と『東京BJ』である。

 特に『東京BJ』は、『特命係長』に繋がっていく、その原点という意味でも貴重だが、内容の面白さはとても比較にならない。

 やはり万人に受けるものなど、お子様向けというか、内容は薄いものだ。

 

 殆ど全てを面白く読む漫画家となった彼の作品の中でも、単行本を購入し続けて読んでいたのが、この『大市民』シリーズである。

 数年前に『大市民 最終章』なんてものが描かれていたから、もう再見は叶わないのかと思っていたが、どっこい山形センセイは生きていた。

 ワタクシはdマガジンに加入していて、それは数多くの雑誌が月400円で読み放題という嘘のようなものなのだが、そこでサンデー毎日も読んではいた。

 そして今日、初めてその存在に気がついたのだ。既に今回で7回目とある。

 慌ててバックナンバーを確認したら、まだ1回目掲載の号も閲覧可能でホッとした。

 

 そして一回目の号を見たら、新連載に当たっての作者の挨拶まで有った。

 そこを開いてみて、アッと驚いた。

 柳沢きみおの顔写真が載っていたからだ。

 ジャンプ専属当時は当たり前のように顔写真を載せていたが、チャンピオンで『月とスッポン』を描いている時に、かなり気に食わない写りで載せられたようで、その事は漫画でも愚痴っていたし(笑)、その後は本当に顔写真を全く載せなくなった。

 新しめのファンは、どんな顔だか知らない人が多いだろうと思う。

 

 『すくらんぶるえっぐ』にノメリ込んだワタクシは、彼のファンクラブに加入した。勿論、公式ではなくて、有志によるものである。

 会員は20名いたかいなかったかだと思うが、その発行者たちが彼の自宅で(だったと思う)インタビューを敢行していた。

 今はどうか知らないが、その頃は漫画家にもファンとの触れ合いを大事にする人は結構いたようだ。

 

 弓月光なんかも、加入はしてなかったが会報を買った事は有って、彼も同じような事をしてファンクラブとの交流を図っていた。

 どちらも50人にも満たない小さな世界だったはずが、そうした世界ならではのものが有った。

 弓月光は『ボクの初体験』の主人公の外見が非常に気に入って読み始め、そして『エリート狂想曲』がムチャクチャ面白かったので、ファクラブ会報を買ってみたのだった。

 そのうち、弓月光についても書くだろう。

 

 とにかく、『大市民』が不滅なのは嬉しい事だ。

 本人もずっと続けたいとは言っていたが、それが、かねてからの憧れだった総合週刊誌での連載が実現したという事で、顔出しの挨拶文まで載せたのも、感謝感激の表れなのかもしれない。

 いずれ載せてくれる所が無くなったら、ネット上に載せるだろうとまで書いているので、どうやら『大市民』は、本当に本当の最後まで描いてくれそうである。

 

 顔出しついでに、テレビその他の媒体への出演も解禁したらどうだろう。

 今のテレビ界と触れたら、間違い無く怒りが湧くはずで(笑)、それも山形の怒りとして描けると思うのだ。

 カウントダウンを意識し始めた人生、これまでと違う世界を体験してみるのも一考ではあるまいか。

 あの外見で68と言ったら、それだけで世間の人間は魂消ること請け合いである。

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