無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

漫画投句「野球漫画の系譜(1) 野球狂の詩 - 読切編(水島新司)」

 Gさん(仮名)「野球狂の詩、懐かしいですね。水原勇気カワイかったなあ」

ごいんきょ「ケッ!」

 

G「なんなんですか、ケッ!って(苦笑) 失礼だなあ(苦笑)」

ご「あのなあ。”野球狂の詩”の話をする時に”水原勇気”とか言い出す奴は、昭和漫画白帯のド素人なんだよ、わしのような人間に言わせれば」

 

G(そんな黒帯いらないなあ…)

 「それは申し訳ありませんでした。”野球狂の詩”についてお教え願えますか」

ご「いいか。”野球狂の詩”っていうのは、読み切り時代と連載化後と、二つの異なる話で構成されているんだ」

 

G「ええ。水原勇気編は、連載後の話ですね」

ご「わしに言わせれば、水原編なんて”野球狂の詩”とは似て異なる物よ。真の”野球狂の詩”というのは、毎回毎回、異なる野球狂達を掘り下げて描いていた、読み切り時代に他ならないんだ」

 

G「岩田鉄五郎の”ヨレヨレ18番”とかが描かれていた頃ですね」

ご「ああ。あの当時の”野球狂の詩”に、わしは物凄い衝撃を受けたんだよ。

  これは前にも書いたけど、それまで野球漫画みたいなものは有ったの。でも、それらはみんな、野球を媒体に使ったホノボノ漫画か、勝負漫画のどちらかに過ぎなかったんだ」

 

G「”バット君”とか、”ジャジャ馬くん”なんかがホノボノ漫画になりますかね」

ご「ああ、そうだな。そして、”ちかいの魔球”とか”黒い秘密兵器”などが、野球を題材に使っただけの勝負漫画って事になる」

 

G「”巨人の星”は、どうなんでしょう?」

ご「あれはマガジン編集部も、それまでより人間を描いたものにしたいという目的を持ってやったものだから、ただの勝負漫画にはなっていないな。と言って、やはり”野球漫画”とは言えない。かなりイビツというか、特殊な漫画だよ」

 

G「あなたの言う”野球漫画”って、なんなんですか?(苦笑)」

ご「文字通り、野球を描いた漫画だよ。普通のな。

  登場人物たちはみんな好きで野球をやっており、しかも野球の普通の試合もしくは真面目な練習が中心として描かれているという、今では普通に有る、普通に野球を描いた漫画だ」

 

G「普通の野球を描いた漫画が無かったんですね」

ご「無かった。その理由としては、これは今でも少し引き摺っているんだが、日本人は運動を楽しむという事に罪悪感を感じていたんだな」

 

G「罪悪感?」

ご「物凄くわかりやすく書くとそうなる。正常な人間は、世の中の役に立ちもしない事に血道をあげてはならないという感覚だよ」

 

G「娯楽を正面から満喫する事が憚られたんですね」

ご「一番大きいのは、先の大戦中の軍国主義の影響だがな。だが、それ以前から日本人はそういう性向を持っている。

  勿論、物事には両面が有って、それは例えば、仕事に真面目に取り組むとか、職人性とか、そういう事に結び付いてもいたわけだがな」

 

G「それで、野球… ま、野球に限らずなんでしょうけど、昔はそういう事を正面から楽しむ姿を描いた漫画が無かったと」

ご「ああ。低年齢向けのホノボノ風味を主軸とするか、娯楽性を入れれば、勝負を主体とした勝負漫画、さもなければ糞真面目に”道”を追求するような求道漫画しか生み出せなかった。

  野球の場合は特に、野球そのものがそういうものだったわけ。高校野球丸坊主でやらないといけなかったなんてのは、その最も解り易い具象例だな。”巨人の星”も極言すれば、勝負漫画と求道漫画の合体形だしな」

 

G「それを打ち砕いたのが”野球狂の詩”だったと」

ご「そう。だから本当に、物凄い衝撃を受けた。野球をこんなに活き活きと描くなんて、まるで新発見のように感じたよ。

  だから、わしは言うんだ。『水島新司は野球漫画の手塚治虫である』と」

 

G「最初の頃は読み切りで、毎回毎回、違う登場人物を題材にしてたんですよね」

ご「そう。週刊少年マガジンに、そうだな、二三週に一回くらいで載ったのかな。毎回、最後のコマが予告になってて、次回の副題と、何号に載るかってイラスト入りで告知されるの。それが凄く楽しみでね」

 

G「連載後にも活躍する岩田鉄五郎とか、国立とか、みんなそれぞれが主役の読み切り短編で登場していたんですよね」

ご「やはり老齢投手・岩田鉄五郎の”よれよれ18番”とか、歌舞伎御曹司がプロ入りする、国立主役の”スラッガー藤娘”なんてのは記憶に残るね。

  だけど、わしが個人的に一番好きなのは、ジンクスが主役だった回よ」

 

G「野呂甚久寿ですね」

ご「読み切り登場の時は選手じゃなくて、ただの野球好きの風来坊なの。だけど、コイツの言うジンクスが異常に当たって、メッツの選手たちは逆に調子を狂わせちゃうのね」

 

G「ジンクスって、なんなんでしょうね」

ご「ま、ゲン担ぎだよな。その頃はわしも子供だから、本当に不思議な言葉だったけど。

  で、その乞食みたいな風貌の男が言うジンクスが異常に当たるんだけど、メッツの連中はなんだか逆にムカついて、出入り禁止みたくしちゃうんだね。その時、オーナーのベルトが切れちゃうの」

 

G「ベルトが切れるっていうのも、あまり無い事ですね(苦笑)」

ご「そうなんだけど(笑)、それを影から見ていたジンクスが、メッツの連中を全員閉じ込めちゃうのよ、どっかの扉を閉めて」

 

G「あらら(笑)」

ご「でも、それでメッツの連中は遠征できなくなるんだけど、実は彼らが乗る予定だったその飛行機が墜落してしまうというね」

 

G「当時は飛行機事故もそれなりに有ったんで、そういう話も作られたんですね」

ご「それは、その乞食みたいな男、その時は名前がまだ無いんだけど、後に”野呂甚久寿”なんていうとんでもない取って付けの名前になっちゃうんだけどさ(笑)、とにかくソイツのジンクスに、ベルトが切れたら飛行機に乗るのは注意しろっていうのが有ったらしい(笑)」

 

G「随分と細かく、当て嵌まる機会の少ないジンクスですね(笑)」

ご「まあそうなんだけどさ(笑)。だけど水島新司の絵と筋運びで、これが堪らなく面白かったんだよな。

  次に好きだったのが日の本盛って投手が出てくるやつ。とにかく無類の酒好きで、グローブの中にビニール詰めの酒を隠していて、ストローでチュウチュウ吸うのよ、試合中に(笑)。

  あとは三週連続掲載だったかな、特別編って感じだった”北の狼 南の虎”とかね」

 

G「一つ一つの主役たちが、みんな個性を持っていて、しかも、どれもが野球をきちんと描いているんですよね」

ご「”きちんと”って言うと語弊が有るけどな(笑)。まあ、それまでの野球漫画とは一線を画していた。

  だから、わしは”野球狂の詩”と、これも同じ水島新司が始めた”ドカベン”、それにこの間ここでも扱った、ちばあきおの”キャプテン”が始まった昭和47年が、日本の野球漫画元年だって言うんだ。

  ”日本の”って事は、”世界の”って事でもあるけどな」

 

G「その三作が同じ年に始まっているなんて、これは本当に偶然とは思えないものが有りますね」

ご「ああ。BC・ADじゃないけど、野球漫画の紀元が昭和47年。これは昭和漫画昇段検定に出るから覚えといて(笑)」

 

G「ははは、わかりました(笑)」

ご「あと、”たそがれちゃってゴリ”なんてのも有ったなあ。ゴリラがメッツに入団するのよ。それでシーズン120本とかホームラン打っちゃうの(笑)」

 

G「もはや”野球狂”という括りすら越えてますね(苦笑)。

  次回は水原編を語りましょうか」

ご「チッ!」

 

G「そんなに水原編が嫌いなんですか(苦笑)」