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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

昭和唱和ショー「トロリーバス」

ノンセクション 昭和唱和ショー

 別ブログの『昭和テレビ探偵団』の方で話が出たのですが、ワタクシはトロリーバスの名は聞いた事が有ったものの、実物を東京では見た事が無いので、些か面喰らっておりました。

 そこで、今回はキッチリと調べてみました。

 

 最初に東京でトロリーバスの話が出たのは、昭和24年暮れの事です。

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 この時点で、既に京都と名古屋で運転の実績が有ったのでした。

 

 この記事では、翌25年の4月にお目見えと書いてあるのですが、直前の2月になって、「車体が大きすぎる」「故に電力がかかり過ぎる」「動作が鈍重で交通渋滞を起こす」「車掌が二人必要」等の点を見直すべく、延期となりました。

 そして結構な時間も過ぎた昭和26年4月14日、ようやく都営トロリーバスの事業認可が下りたのでした。

 更に一年が経過した昭和27年5月20日より、いよいよお目見えとなるのです。日本語では「無軌条電車」(軌条=レール)と呼び、考え方としてはバスと言うより電車側だったようです。

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 どうして、このような物が出てきたかと言えば、この頃より急速に地方からの上京者が増え、東京の人口が見る見る増加し、首都圏電車が破裂寸前だったのでしょう。

 だからトロリーバスとは別に都電というのも有りましたし、なるべく都民の足を分散させようという狙いが有ったのだと思われます。

 しかし、高度成長を経てマイカー族が増え出すと、自然と足も分散され、かつ、むしろ公道を走る電車やバスは、交通の邪魔となってきます。

 

 そして昭和43年9月28日、最後に残っていたバスが引退する事をもって、都営トロリーバスは姿を消したのでした。

 その営業期間、わずか16年4ヶ月。

 そのため、昭和30年代生まれでも乗った事が有る人間は意外と少なく、上の対談でも、ワタクシも相手の方も、結局は乗った事が無いという話でした。

 日本の高度成長を陰で支えた交通機関の一つは、このように、今ではその名を思い出される事も少なくなったという事です。

*1:昭和24年12月30日付読売新聞

*2:昭和27年5月19日付読売新聞夕刊

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