昭和唱和ショー「ソノシート」
Gさん(仮名)「今回は、昭和企画としては、なかなかベタなものですね」
ごいんきょ「定番中の定番だな。べつに種切れというわけではないが(笑)、些か書く時間の方が無くなったので(苦笑)、勝手知ったるこれにせざるを得なくなったというか」
G「あと50分ほどで日付が替わっちゃいますもんね。
そんな内情はどうでもいいか(笑)。さっさと進めましょう(笑)」
ご「先ず、基本として言っておかねばならない事は、ソノシートというのは朝日ソノプレスという会社の製品名だったのね。その朝日ソノプレス社が出した”音の出る雑誌”の誌名が、”朝日ソノラマ”というものだったんだ。朝日ソノラマという雑誌に付属していたシート音盤だから、ソノ・シートって名前にしたんだろうな」
G「ちょっと薄めの雑誌で写真などを載せて、付属のシート音盤で音声も聞かせてという商品でしたね」
ご「裕次郎などの使う形容に”イカス”っていうのが流行ったんだよな。これも殆ど昭和語だな」
G「ソノシートが製品名っていう事は、セロテープって言葉がNHKなどで使えないため一般的なセロハンテープと言わないといけないのと同じで、NHKでは使用不可な言葉ですね」
ご「そうそう。一般的にはフォノシートだな。微妙な違いだが(笑)。コロムビアだとコロ・シートって名前だったな」
G「でも、我々の世代にとってソノシートと言えば、なんと言ってもアニメとかの子供番組主題歌ですよねえ」
ご「ああ。朝日ソノプレスはなかなか画期的な商品を作ったと思うんだけど、如何せん、まだプレーヤーそのものが漸く普及し始めだったんだな。やっと買った人は、みんなレコードを聴きたくて買ったと思うのよ。で、けっこう長い間、苦戦するのね」
G「その救世主が、アニメ主題歌だったんですよね」
ご「うん。それも日本初の連続テレビアニメ、あの『鉄腕アトム』だ。既存のレコード会社が見落としていたあの主題歌の音盤化を思いついたのが、当時朝日ソノプレスに居た橋本一郎という人。
当時、漫画というのは社会的に、今では想像できないくらいに低い位置に置かれていたのね。それで大レコード会社は、最初のうちは歯牙にも掛けていなかったの。
ところがアトムのソノシートが100万、次の『鉄人28号』が200万って、当時のレコード界の常識の10倍くらいの桁外れの大ヒットになってしまうのよ(笑)」
G「で、各レコード会社もこれはいかんと、テレビ漫画主題歌獲得に乗り出すんですね」
ご「でも、先行の強みで、ソノラマの橋本一郎がアトムの虫プロ、『狼少年ケン』の東映など、次々と独占契約を結んじゃったから、暫くは子供向け番組主題歌はソノラマの独擅場だったけどね」
G「そのうちにレコードのコロムビアに入れ替わられてしまうという話は、別の曜日の”テレビ主題歌史”で長々と扱いましたが」
ご「結局、レコード会社の締め付けも有ってだろうけど、ステレオ時代に対応した新製品の投入が出来なかったのが痛かったね。ソノシートは薄いし、回転数も33回転と遅いから、どうしてもレコードに比べると音質が悪くて。
元々音質の悪い簡易プレーヤーでみんなが聞いていた時代は良かったんだけど、本格的にステレオ機器が普及し始める1970年代に入ると、急激に売り上げが落ちていくんだな」
G「その頃は、小学館の学習雑誌とかでも、よくシート音盤の付録が付いてましたね」
ご「ああいうのも、制作していたのは殆ど朝日ソノプレスだったんだよね。そんなこんなで、かなり左前だった会社も、漫画や怪獣のお陰で70年代に入る頃までは稼ぎまくりだったようだな。
尤も、上層部の頭のお堅い旧人類は、漫画とか怪獣で稼ぐのを良しとしてなかったみたいだけど」
G「今では漫画も怪獣も、大人にも全く蔑視線は無いですよね」
ご「子供向けはな。
わしは、大の大人がいつまでも漫画を人前で読んだり、まして怪獣なんかに堂々と入れ揚げてるのを見ると虫酸が走るけど」
G「隠れてコソコソやるのはいいんですか(苦笑)」
ご「御禁制じゃないんだからさ(笑)。興味を持つなとは言えないし、わしもいまだに”ヤング”マガジンを読んでるしね。
ただ、あまり堂々と人前で見るような恥知らずは嫌だなと」
G(ここで書いてたら堂々と人前で語ってる事にならないか!?)
*1:昭和34年12月10日付読売新聞