無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

挿しす世相史「日銀が証券界へ特別融資」

 昭和40年5月28日(金)23時半、政府・日銀が株式市場の不安を抑えるため、日銀の運用預かり19社に対して特別融資を実施すると発表しました。

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  これは無制限、無担保、利子徴収猶予という破格の措置であり、日本の護送船団方式が如実に表れた例でもあります。

 

 そもそも昭和36年頃から踊り場に差し掛かっていた日本の景気に伴って証券取引が年々減少傾向に有り、加えて証券会社側も身の丈に合った経営になかなか切り替えられず銀行の介入を招き、それが経営危機に映って取り付け騒ぎのような事となって、証券不安が煽られていました。

 時の大蔵大臣は、豪腕で鳴らした若き田中角栄で、彼と宇佐美日銀総裁とがこの超優遇措置をあまねく証券界に講じると同時発表した事により、証券不安は解消されていきます。

 更にこの後、日本の景気は第二期高度成長の波に入っていき、この時の融資もたちまち解消されました。

 

 この時、最も懸念されていたのは四大証券と持て囃された中での第四位だった山一証券で、実質、山一救済のための措置だったと言って良いでしょう。

 然し乍ら、時代も平成に入ってからのバブル崩壊という特大の荒波の前に、今度は逃れる事が出来ませんでした。

 創業百年を超える名門の暖簾を守れなかった時の経営者が、記者会見で滂沱たる涙を流していた姿は、記憶に残っている人も多いでしょう。

 

 

 

*1:昭和40年5月29日付読売新聞

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