無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

昭和唱和ショー「お手玉」

Gさん(仮名)「お手玉って、我々の子供時代でも、そんなにやってなかったですよね」

ごいんきょ「う~ん… でも、チラホラとやっている女子はいたね。

  うちにも有った気がするなあ、何故か」

 

G「あれって、戦後すぐあたりの遊びですか」

ご「江戸時代とか、やはり明治・大正の女の子がやっていたんだろうな。

  ただ、昭和40年頃に復活したらしい」

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 ご「この頃に”懐かしい”と表現されているんですから、昭和2、30年代は空白期だったんですかね」

ご「多分ね、食糧事情も関係していると思う。昔のお手玉って、中身は小豆とかだから。で、戦後暫くは、そんな物が有ったら先ず食う方に回していただろうから。

  お手玉をほどいてお汁粉を作るなんて話、何かで読んだな。『はだしのゲン』だったかな」

 

G「なるほどね。それでいつの間にか家から無くなって、存在を忘れ去られてしまったと。それがこの頃には、出来合いの物がお店で売られるようになって、懐かしいお母さんたちが子供や孫に与えたという感じでしょうか」

ご「だろうね。だから我々の子供の頃にも、チラホラと、本当にたま~に、やっている女の子たちを見たわけよ」

 

G「野球でも”お手玉”って言葉を普通に使ってましたけど、今でも使うんですかね?」

ご「使うのかな? ”ファンブル”とかの方が多そうな。

  仮に使っていても、本来の意味がわからない子も増えてるだろうから、そういう動作そのものを表現した言葉としか思ってないだろうね」

 

 

*1:昭和40年1月21日付読売新聞

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