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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

挿しす世相史「NHK『女優売春婦問題』解決へ向かう」

芸能音楽 挿しす世相史

 昭和30年に、NHKと映画界との間で、ひと悶着が起こりました。

 この頃、売春等処罰法案で売春問題が世間を騒がせており、NHK第一放送が、それに絡めて大部屋女優のインタビューを放送した事が、女優を売春婦と同列に扱うものとして、映画界総出の猛抗議となったものです。

 それが、同年7月3日(日)に初めて両者による話し合いが持たれ、解決へと向かったのでした。

 この事件を、詳しく見て参りましょう。

 

 

 事の発端は、6月19日21時40分から放送された『時の動き』という番組の、「売春処罰法案のかげに」という回が放送された事によります。

 NHK第一放送が、この放送で、赤線地区の女給や芸者の発言と並べて大部屋女優に発言させたのです。

 まずアナウンサーが、「映画女優について色々の噂を耳にしますが、或る撮影所の大部屋にいる女優さんは」と紹介するのに続けて、問題の女優発言が飛び出したのです。

 

 「後援者とか、パトロンというのですか、そういう人が出て来た場合には、やはり援助を受けるという事が、一番女優として大切な事ではないかと思うのですよ。それに自分の方から色々しなきゃならない事が沢山あるのではないかと思うのです。名前は申し上げられませんが、大スターになっている人でいるのですよ。…仮に身を売ってスターになれるなら、なってみたいと思うのですよ。また同じ様な役が有った場合、そういう関係の人につく率が多いような気がするのですけれども…」

 

 その発言を受けてアナウンサーが、「こうしてみると世の中には体を張った商売が随分あると思います。そんな事はつゆ知らないでスクリーンにうっとりするお嬢さんたちには、一体なんと申し上げて良いのでしょうか」と締め、花村法務大臣(当時)の話で終わりました。

 これに22日、日本映画連合会と日本映画俳優協会とで協議した結果、共同でNHK会長宛に厳重抗議を申し入れ、全国放送と新聞広告による謝罪を要求する事となったのです。*1

 

 抗議文の要旨は、次のようなものでした。*2

一、六月十九日の”時の動き”の中で映画女優という職業が売春行為の常習階級であるかのように印象づけたことは一般大衆に影響力を持つ貴会(筆者注:日本放送協会NHK)としてはまことに軽率であり映画俳優各位に対する人権上許し得ざる侮辱であり、また映画製作者にも忍ぶべからざる恥辱を与えたものである。ここに貴会に抗議すると共に次の要求を行う。

二、同様趣旨の謝罪文を全国主要新聞に掲載すること。

 

 これに対しNHKは、「放送内容は映画俳優、製作者を侮辱したものとは思われない。従って放送、新聞広告による陳謝はできないが、話し合いには応じる」と謝罪を拒否。

 「事実を曲げてまで陳謝はできない」と、強硬でした。その根拠として次のように挙げました。

  1. 映連側の「放送、新聞広告で謝罪せよ」という形式まで決めた一片の抗議書にはイエスかノーで回答する余地しかない。映画界とは三十年来の付き合いであり、個々の疑問は話し合いで済む問題である。
  2. 問題の放送は売春等処罰法案の対象そのものを取り上げたのではなく、その周囲の問題を取り上げている。いわば売春法案をピラミッドの頂点としてその底辺を取材しているうち”ある大部屋の女優さん”にぶつかったわけである。このことは番組の中にも断ってある。
  3. ある特定の女優が「身を売ってスターになる」という発言をしたことはあくまで事実であって、それが映画界全体のことであるとは言っていない。

 

 映連、俳優協会は次のように反駁しました。

  1. 口頭による回答では問題点がぼけるおそれがありまた誤解を生じやすい。
  2. 放送内容は売春法案の対象取り上げたのではないというが、聴取者がどういう印象を受けたかが問題である。
  3. 特定の女優の発言内容について問題があるのではなく女優という職業を赤線地区の女給や芸者と一緒に並べたところにあやまりがある。この点をNHKはたくみにはぐらかそうとしている。

*3

 

 あくまで強硬なNHKに対し、新劇人、関西映画界、短編映画部門も加わって、NHKへの出演拒否と名誉毀損での告訴が検討されました。

 この騒動に衆院文教委員会が動き、7月4日にNHK会長、編成局長、事務長、田中絹代久慈あさみ中島健蔵らを参考人招致する事としました。*4

 当時、いわゆる子役の映画演劇出演が学校教育上の問題となっており、映画女優がNHKの放送によっていかがわしい生活をしているかの如く伝えられた事は教育上も問題であり、また女優の人権上の問題もあって、国が補助監督しているNHKがかかる問題を起こした事は放送文化上の問題でもあるとなったのです。

 

 事態はその4日の前に急転しました。冒頭に書いたように、3日に両者で初の話し合いの場が持たれ、解決へと向かったのです。

 両者共、国会の場にまで争いを持ち込みたくないとの認識が共通していました。

 13時20分より丸の内・東京會舘で行われた話し合いには、次の人々が参加しました。

 映画側:

 高田稔、江川宇礼雄沢村貞子、折原啓子、松竹常務、大映常務

 NHK側:

 ラジオ局長、テレビ局長、総務局長、ラジオ局社会部長、テレビ局映画部長

 NHK会長も加わったこの話し合いは5時間25分にもわたり、18時45分に共同声明が発表されて、15日ぶりの解決となりました。

 共同声明は以下の通りです。*5

 

六月十九日、時の動き”売春処罰法案のかげに”の放送中、映画女優があたかも右法案の対象となる人々であるかの如き誤解を一部の聴取者に与えたことはまことに遺憾であるとのNHKの誠意に対し、実行委員会はこれを了承し双方の協議の結果、今後ともども日本文化の向上発展のために努力することを申合わせた。

 日本映画俳優協会

 日本映画連合会

 日本映画演劇労組総連合

 全国映画演劇労組

 日本放送協会

昭和三十年七月三日 

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 NHK側としては最後まで「謝罪」はぜす、「遺憾」とするのを誠意の表れとして解決に向かいましたが、特に女優側は納得せず、沢村貞子などは最後まで「謝罪」という言葉に拘ったとされ、そのため五時間半もかかったようです。

 女優側としては完全には納得できない解決でしたが、政治の介入を避けるための、泣く泣くの決断だったのでしょう。

 この一件に対し、世間の反応は正に賛否両論でした。

 徳川夢声NHK側に些かの手落ちありとし、大宅壮一は「女が肉体の魅力を世の中に出る手段にすることも売春である」としてNHKを擁護しました。

 世間一般でもかなりの話題となったようで、読売新聞の「USO放送」には当時毎日三千通が届いていたようですが、この間、その半分以上がこの話題だったといいます。

 

*1:昭和30年6月23日付読売新聞

*2:昭和30年6月23日付読売新聞夕刊

*3:昭和30年6月28日付読売新聞

*4:昭和30年7月1日付読売新聞

*5:昭和30年7月4日付読売新聞

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