昭和唱和ショー「緑のおばさん」
ワタクシの子供の頃、学校直近の通学路交差点に、緑のおばさんと呼ばれる女性がいて、子供たちが横断歩道を渡る時機に旗を出して、車に目立つようにしながら横断を促すようにしてくれていました。
いつの間にやら見なくなってしまった気がしてましたが、子供達が集団登下校する際に付き添っている大人も、広く「学童擁護員」として、大きな範疇では緑のおばさんになるみたいですね。
でも、ワタクシが子供の頃の緑のおばさんは、本当に横断歩道を渡る時だけの手助けだった。
とにかく、「緑のおばさん」という呼称そのものは、昭和語になっているのでしょう。
ヤクルトおばさんとかニッセイのおばさんも使われなくなっているくらい、女性達が異常に「おばさん」という言葉を嫌がる世になりましたから。
そもそもは昭和34年の十月に、東京都が、急速に自動車が増えてきた事に伴う子供を巻き込む輪禍を避けるためと、母子家庭の救済の失対策事業として始めたものです。
記憶では、旗は黄色だったし、着ている物が特に緑だった気がしておらず、なぜ緑のおばさんというのかが不思議だったのですが、どうも、当初はやはり緑の帽子に上着という姿だったようです。
ダウンタウンの松本人志の母親が、この緑のおばさんだったというのが、ファンには知られている話です。
*1:昭和34年8月28日付読売新聞夕刊