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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

漫画投句「ゴーマニズム観戦歴」(1)

ノンセクション 漫画投句

今回の喧嘩稼業

 やはり桜井の強さに文さんもタジタジといったところ。地力は桜井の方が上だな、やはり。

 しかも、御殿手を隠すためのシラットだったという事も明示されている。

 確かに日本人同志の戦いでシラットなんてのが入り込んでいるのが変な気は、最初からしていたのだが、まさかそんな設定が出てくるなんて。

 これだから木多は恐ろしい。

 

 今後、入江文学は間違い無く瀕死となる攻撃を受ける事になる。

 桜井のシラットがどんなものか判ったと思い込んでいるが、それが桜井の意のままであるから。

 突如、初見である御殿手の秘技を喰らい、そこから無極なりで脱出できるか、出来たとして挽回の策は有るのかが焦点になる。

 だが、恐らくその御殿手によって、戦闘不能にされてしまうのではあるまいか。

 入江文学を愛する者たちの嘆きの時が近づいている。

 

 

ゴーマニズム観戦歴(1)

 やはり買ってしまった。ゴーマニズム戦歴を。

 だって、動画で紹介していた時に見たら、凄い分厚いんだもの。あの厚さで980円。なんと良心的な価格設定なのか。

 

ゴーマニストとは何か

 以前も書いたように、ワタクシは結構最初の頃からゴー宣を読んでいて、小林がAKBにトチ狂い出すまで、なるべく多くの著作を読むようにしていた。

 のみならず、自らのブログ活動もゴーマニストを自称したりしていたのだから、結構熱心な読者だったと言えるだろう。

 「ゴーマニスト」とはなんぞやというのは、薄ぼんやりと思っている事は有ったが、さすが本家本元は明確に規定している。

 要するに、既成の思想に立脚せず自分の直観と常識を根拠として権威と戦う者という事である。

 

 このうちの「直観」というものは非常に大事で、これは残念ながら、誰にでも備わっているものではない。

 では天与のものかと言うと、勿論その要素は非常に大きく、小林なんかはほとんどそれで行っていると思うが、社会環境の中で育まれるものも有る。それだって、やはり元の素養が無ければならないが。

 「常識」というのは、客観性と置換できるだろう。自分の見解に溺れること無く、常に第三者的視点から俯瞰して事象や自分の意見を見られるかという事になる。

 これも天与の才は必要となるが、大きいのは後天的な要素だろう。小林の場合は、常に読者や編集者の視線を意識していた事が大きかったに違いない。

 

 端的に言えば、天与の直観と訓練の客観性に基づく独自の基準で世上を切り取るという事で、これは言ってみれば傲慢な姿勢だからゴーマニストというわけだ。

 で、彼にかぶれていた頃のワタクシもゴーマニストを自称していた事が有るのだが、本家本元に敬意を表して、これからはコーマニストと名乗る事にする。

 傲慢も高慢も、どちらも「思い上がって人を見下すこと」と辞書には有るが、なんか音が濁っている分だけ、傲慢の方が偉そうな感じだ。高慢は音も軽いから、後追いのワタクシはこちらにする。

 

「おこちゃまくん」時代

 さて、前置きが長くなってしまったが、肝心の小林よしのりの戦歴を見ていく事としよう。

 ゴー宣の前段は、宝島に連載した『おこっちゃまくん』という漫画である。

 これは単に小林が気に入らない事に愚痴をぶちまけているような漫画で、思想性は皆無である。

 人気が有ったと言うが、正直、理解できない。

 ただ、思慮分別がついてしまった今では考えられない異様な迫力は有って、目に入っただけでつい笑ってしまう剛力さは有る。

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 『おこっちゃまくん』は続けて、『おぼっちゃまくん』連載中のコロコロコミックで、サービス編として掲載された。これは後に「子供編」と呼ばれるもので、読者の子供達が持つ不満を、よしりんが代わりに世間に訴えて不満解消してあげるというものだった。

 このあたりを読むと、この人の本分はこちらだろうと、つくづく思うのだが。

 ワタクシも子供は好きだが、ここまで感情移入できないもの。

 ワタクシはどうしたって大人の目線で、冷静に接しようとするけれど、よしりんは違って、完全に、一片の差異も無く、子供と同化しているのだ。

 今でも時折、童心のような感性を彼に感じる事は多々有るが、やはりそちらが本分なのだとワタクシは思う。

 

 だが、この頃はワタクシは全く目にしていない。

 ジャンプは長年読んでいたから、『東大一直線』は前身の『勉強一直線』から読んでいる。つまり、彼のデビューを目の当たりにした世代である。

 だが正直、どちらかと言えば好きな漫画ではなかった。

 なにしろ絵があまりにも下手で、なんでこんなのを漫画家として雑誌に載せてるんだという違和感が非常に大きかった。

 内容も、さほどは面白いと思わなかった。

 『ど根性ガエル』のように笑った事は、多分、一回も無かった気がする。

 

 それからも小林はギャグ漫画家として量産を続け、そのうち、これは面白いと思う作品を幾つも描くようになった。

 思い出す範囲では、マガジンに載っていた『異能戦士』。これは非常に好きな作品だったが、逆に世間的にはあまり受けなかったようで長く続かなかった。

 『メンぱっちん』も好きだったが、これまた同様。

 まあ、こんなとこか。

 ワタクシが再び小林よしのりの作品を心待ちに毎週読むようになるのは、SPA!に連載していた『ゴーマニズム宣言』となる。

 次回はこれについて語ってみよう。

 

コーマンかましちゃってもいいかなァ

 ワタクシのような傑出した直観力を持つ読者に、数週に渡って感想記事を書いて貰える小林よしのりは、手塚治虫なども超えて幸福な漫画家である。 

ゴーマニズム戦歴 (ベスト新書)

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*1:ゴーマニズム戦歴(KKベストセラーズ

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