無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

漫画投句「大市民(シリーズ)」

 柳沢きみおの『大市民』が、いつの間にか再開していたのだ。

 掲載誌は、サンデー毎日。今度の題名は、『大市民挽歌』である。

 「挽歌」というのは、つまり現在68歳となり、75まで活動したいと願う作者が、死を意識し始めた境地での作品という事に拠る。

 

 『大市民』は、作者を投影した山形という作家の日常を描く創作エッセイ漫画だが、作者自身ではないとは言え、かなり色濃くと言うか、殆ど作者と同一に描いているので、エッセイの要素も非常に大きい。

 それでいて劇中の人物たちは創作の世界で話を進めているので、創作とエッセイの混合形態と言えよう。

 掲載誌を渡り歩きながら断続的に継続しているという、一応は創作の筋物漫画としては異例の存在と言える。

 

 ワタクシの生涯を通して最愛の漫画家はと問われたら、柳沢きみおの名を挙げるだろう。

 小林よしのりにも、かなり入れ揚げているが、ワタクシが子供の頃は特に好きでもなくて、殆ど『ゴーマニズム宣言』以降の付き合いと言える。

 だが柳沢きみおとの心的繋がりは、もっと長くて深い。

 

 彼は少年ジャンプでデビューして、最初の連載が『女だらけ』という漫画だった。

 初期はギャグ漫画家の範疇だったのだが、ハッキリ言って、面白くはなかった。ただ、お色気サービスが過剰に有ったので、そこは楽しみにしていたと思う。

 12月になってだと思うが、作中で、年賀状をくれた人には全員に返事を出しますと彼が描いた。

 ワタクシは節操も無く、大して好きでもないのに年賀状を出した。

 

 彼からの年賀状は来なかった。

 忙しいんだろうなとは子供でも想像がついた。

 あんなこと書くからだよと、却って、軽く同情してしまった。

 果たして、巻末に、返事が遅れているという彼のお詫びが載った。

 

 ワタクシは、まったく催促はしなかった。

 ずっと気になってはいたが、そうなると逆に、いつ来るのか、二年先か三年先か、どうなるのかむしろ面白くなっていた。

 たしか6月頃だったろう、ようやく返事の葉書が来た。

 サッとカラーサインペンで描かれた六助(主人公)の顔が有り、「おくれてごめんベチ」という一文が添えられていた。

 凄く嬉しかった。

 

 「好きでもないのに」と先に書いた。それは間違い無かった。あの当時は、まったく気にも止めていない漫画家だった。

 だが、やはり気にも止めていなかった本宮ひろ志も、『大ぼら一代』連載当時に、クイズの正解者全員に返事を出すとかいう企画をやった事が有って、ワタクシは答はわかったが、葉書を出す気にならなかった。

 その事については次回にでも、『大ぼら一代』を扱って書いてみよう。

 

 本宮には考えた末に出す気にならなかったのに、柳沢には迷わず出した。

 ワタクシは、後から思うと、これが「縁」というものなのかなと思う。

 まったく面白くなかった彼の作風が、その後の『翔んだ!カップル』の大ヒットを経て、周囲への失望からどんどん作風が暗くなるにつれ、ワタクシにとっては引っ掛かる漫画家となっていった。

 だが、『翔んだカップル』を知っている人はそこそこいても、それよりやや先に始まり、柳沢きみおという漫画家にとって分岐点となった『すくらんぶるえっぐ』を知る人は、壊滅的にいないであろう。

 ワタクシが彼に魅せられたのも、実はそれが起点だった。

 

 ワタクシが人生で最も魅了された漫画『すくらんぶるえっぐ』については又の機会に書くとして、そうして彼の漫画が非常に魅せられるものとなってからは、殆ど全ての作品が面白く感じられた。

 中でもワタクシが一押しなのが、『俺にもくれ』と『東京BJ』である。

 特に『東京BJ』は、『特命係長』に繋がっていく、その原点という意味でも貴重だが、内容の面白さはとても比較にならない。

 やはり万人に受けるものなど、お子様向けというか、内容は薄いものだ。

 

 殆ど全てを面白く読む漫画家となった彼の作品の中でも、単行本を購入し続けて読んでいたのが、この『大市民』シリーズである。

 数年前に『大市民 最終章』なんてものが描かれていたから、もう再見は叶わないのかと思っていたが、どっこい山形センセイは生きていた。

 ワタクシはdマガジンに加入していて、それは数多くの雑誌が月400円で読み放題という嘘のようなものなのだが、そこでサンデー毎日も読んではいた。

 そして今日、初めてその存在に気がついたのだ。既に今回で7回目とある。

 慌ててバックナンバーを確認したら、まだ1回目掲載の号も閲覧可能でホッとした。

 

 そして一回目の号を見たら、新連載に当たっての作者の挨拶まで有った。

 そこを開いてみて、アッと驚いた。

 柳沢きみおの顔写真が載っていたからだ。

 ジャンプ専属当時は当たり前のように顔写真を載せていたが、チャンピオンで『月とスッポン』を描いている時に、かなり気に食わない写りで載せられたようで、その事は漫画でも愚痴っていたし(笑)、その後は本当に顔写真を全く載せなくなった。

 新しめのファンは、どんな顔だか知らない人が多いだろうと思う。

 

 『すくらんぶるえっぐ』にノメリ込んだワタクシは、彼のファンクラブに加入した。勿論、公式ではなくて、有志によるものである。

 会員は20名いたかいなかったかだと思うが、その発行者たちが彼の自宅で(だったと思う)インタビューを敢行していた。

 今はどうか知らないが、その頃は漫画家にもファンとの触れ合いを大事にする人は結構いたようだ。

 

 弓月光なんかも、加入はしてなかったが会報を買った事は有って、彼も同じような事をしてファンクラブとの交流を図っていた。

 どちらも50人にも満たない小さな世界だったはずが、そうした世界ならではのものが有った。

 弓月光は『ボクの初体験』の主人公の外見が非常に気に入って読み始め、そして『エリート狂想曲』がムチャクチャ面白かったので、ファクラブ会報を買ってみたのだった。

 そのうち、弓月光についても書くだろう。

 

 とにかく、『大市民』が不滅なのは嬉しい事だ。

 本人もずっと続けたいとは言っていたが、それが、かねてからの憧れだった総合週刊誌での連載が実現したという事で、顔出しの挨拶文まで載せたのも、感謝感激の表れなのかもしれない。

 いずれ載せてくれる所が無くなったら、ネット上に載せるだろうとまで書いているので、どうやら『大市民』は、本当に本当の最後まで描いてくれそうである。

 

 顔出しついでに、テレビその他の媒体への出演も解禁したらどうだろう。

 今のテレビ界と触れたら、間違い無く怒りが湧くはずで(笑)、それも山形の怒りとして描けると思うのだ。

 カウントダウンを意識し始めた人生、これまでと違う世界を体験してみるのも一考ではあるまいか。

 あの外見で68と言ったら、それだけで世間の人間は魂消ること請け合いである。