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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

昭和唱和ショー「ズルチン、チクロ」

Gさん(仮名)「今回は、我々が子供の頃に悪名を馳せた”チクロ”を扱おうと思うのですが」

ごいんきょ「チクロというのは人工甘味料だな。その前に、ズルチンとかサッカリンというのも問題になっている。当時、日本で使われていた人工甘味料は、その3種だったようだな」

 

G「サッカリンは知ってますが、ズルチンというのは聞いた気もしますけど、あまり印象に残ってませんね」

ご「ズルチンは一番危険性を判断されたのか、真っ先に昭和44年の始めから使用禁止が決まったからかもな。ズルチンの危険性は、昭和37年には指摘され始めていたから。なにしろ戦前は”劇薬物”扱いだったらしいからな」

 

G「うへえ。なんで、そんな物が使われていたんですか」

ご「そりゃ戦後の貧しさで、安価な甘味料として見直されたからだよ。砂糖1キロで100円以上の昭和40年代初頭、チクロ8円、ズルチン3円20銭、サッカリンに至っては1円50銭で済んだと言うんだから」

 

G「じゃあ、その頃の甘味というのは、殆どが人工甘味料だったんじゃないですか?」

ご「おそらくな。ただ、その頃までは”人工”と表示しなくても良かったんだ。”人工甘味料”と表示すると、警戒する人が出てくるからな」

 

G「しかし、戦前は”劇薬物”扱いだったものを警戒させないように売ってしまえって、今にまで続く日本の食品表示の杜撰さですよねえ」

ご「ズルチンが”劇薬物”扱いだったというのは、元々がドイツで解熱剤の開発中に発見されたものだから。だからか、食品に使用されていたのはドイツと日本だけだったらしいが。

  構造が解熱剤に近いから、中枢を麻痺させる作用が有るらしいな。だから大量に摂取すると、実際に身体に悪影響が有る。昭和38年4月に、岩手の農村で幼児二人が自宅に有ったズルチンを舐めてしまい、死亡したという事故が有ったんだ」

 

G「それでも使用禁止が決まったのは昭和44年ですか!?」

ご「あまりにも多く商業的に使われていたから、経済的な影響を懸念されたんだろう。その年の秋には、チクロも全面禁止になったんだが、実際、昭和44・5年の食品業界は天手古舞いで、人工甘味料をやめるために値上げせざるを得なくなったり、倒産した会社も出て来たんだな」

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G「”天手古舞い”ってのも昭和語ですかね(笑)」

ご「いつか扱おうか(笑)。

  で、政府として業界に迎合して、新たな使用は禁止するが、既に有る商品の回収には猶予を認めたんだな」

 

G「うーん。これは毒性が有りますと認めておいて、でも毒を暫く売っていいよってやってたわけですか」

ご「とにかく日本は業者に甘いから。だからだろうけど、わしら子供の頃に駄菓子屋に行って、いま考えるとワケの解らないお菓子をしゃぶりながら、『これチクロが入ってるんじゃない?』なんて言ってたもんだよ」

 

G「”駄菓子屋”ってのも、ここで扱えますね(笑)。

  そうそう。なんか異常に毒々しい色をした、チューチュー吸うドロッとした”何か”とか有りましたよね(笑)」

ご「なんというお菓子なのかはわからないんだ(笑)。正に、”ドロッとした何か”(笑)。あと、スプーンですくって食べる、小さなヨーグルトっぽい容器に入った”何か”も有ったな」

 

G「たしかに、ああした”何か”の味って、ちょっと独特でしたよね。なんで大して美味しくないどころか、むしろ変な味だったのに、あんな物にお金を出してたんでしょう」

ご「いま思うと理不尽な感じもするが、要するに”買い食い”そのものが娯楽だったんだよな。当時は娯楽そのものが少ないし。で、小使いも少ないから、必然、安い物を買ってしまうわけよ」

 

G「口の中が異様に真っ赤になったり、子供ながらにこんな物を食べて大丈夫なのかなって感じは有りましたがね(笑)」

 

 

*1:昭和44年10月24日付読売新聞

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