昭和唱和ショー「千代紙」
Gさん(仮名)「桃の節供の時にやれば一番良かったんですが、千代紙というのも今の子はわかりますかねえ」
ごいんきょ「折り紙くらいならわかるんだろうけどな。千代紙となると、聞いた事の有る子は激減するんじゃないの?」
G「我々の頃だって、女の子でも使っていたわけではないですもんねえ」
ご「そうだな。たまーに見るくらいだったか」
G「いつ頃まで使われていたんですかね」
ご「やはり戦直後の物資が不足してた頃は、女の子は紙のお人形で遊んだりしたようだが。尤も、綺麗な千代紙を使ってなんてわけには、中々いかなかっただろうがな。
でも、雛人形となると、それこそ本物は絶対に手に入れられないわけだから、千代紙の出番が増えたみたいだよ」
G「千代紙でお雛様作り、やりましたね~、我々の頃までは。もう忘れてしまいましたが」
ご「我々の頃だって、お雛様を揃えられる家なんて限られていたからなあ。でも、三段飾りくらいだったら、大抵の家で有ったか。
だから我々の頃は、既にただの折り紙遊びだったがな」
G「高度成長に入ると千代紙も廃れたわけですか」
ご「廃れたというか、朝鮮特需になると戦直後ほどは脚光を浴びないんだけど、昭和35年頃から、また見直されてくるのね」
G「あぁ~。正に日本が高度成長に入る頃ですね」
ご「そう。つまり、経済的に上向いて、庶民にも綺麗な千代紙が普通に手に入るようになったんだろう。それで、昔は憧れていたお母さんたちが、子供に買い与えるようになったんじゃないか?」
G「それで昭和40年代に入ると、また落ち着いてしまうんですね」
ご「でも、それでもちょくちょく目にしたよ。女の子も、わりとよく持ってきてた」
G「人形だけでなくて、普通の折り紙もやりましたし、綺麗な模様だから他にも用途は有るでしょうからね」
ご「名前もいいよな。千代紙。いかにも日本の雅が有るよ」
G「ところで、お雛様の折り方はどうやるんでしたっけ?」
ご「わしだって忘れたよ。鶴だって折れないんじゃないかな」
G「オバマさんにも負けますね(笑)」
ご「アメ公にも負けるなんてご先祖様に申し訳が立たん(苦笑)。
せめて折り雛の作り方は調べたよ」
G「うーん…… つくづく時機を逸した記事ですね(苦笑)」