朝日ソノラマはなぜ鉄腕アトム主題歌を独占できたのか(26)
昭和41年1月2日、大人たちがお屠蘇気分の中、子供達には衝撃が走っていました。
『月光仮面』『隠密剣士』など、日曜夜7時に子供のみならず社会的ヒットと言えるような人気番組を輩出していた武田薬品提供枠で、『ウルトラQ』が始まったのでした。
あのゴジラの円谷プロが、テレビに毎週怪獣を出すという事で、瞬く間にこれも社会的人気番組となりました。
『ウルトラQ』の番組そのものは、かなり前から制作されていて、昭和39年の11月には、もう新聞で紹介記事が出て来ました。
朝日ソノラマの橋本一郎が初めて『ウルトラQ』の話を聞いたのは、昭和40年の4月頃ではなかったかと書いております。
日音に顔を出した橋本が、「8月からTBSでとんでもない制作費をかけた子供番組がはじまる。オープニングテーマは旋律だけで歌はないが、その”番宣”のソノシートを出してくれないか」と、日音の部長に頼まれたというのです。*1
しかし歌が無いという事で橋本が断ると、東宝との専属が切れ、テレビ進出を企てる円谷特技プロダクションの作品だと教えられたのでした。
それで話を聞く気になった橋本は、円谷プロに出掛け、文芸の金城哲夫と意気投合。すぐに日音と契約を結んだのですが、それがウルトラQの商品化契約第一号だったという事です。放映前に契約したのは、朝日ソノプレスだけだと橋本は書いております。
そして7月初旬には原稿も原盤も準備完了していたにも関わらず、『隠密剣士』が路線変更での放送延長となったとの連絡が入ったのでした。
橋本の感じた印象では、TBS側は『ウルトラQ』がウケそうに思えず、実績の有る宣弘社にもう少し任せたかったようです。
感性の断絶した当時の大人には、怪獣の魅力はわからず、単にグロテスクなものとしか映らなかったのでしょう。グロテスクなものはテレビではウケないという先入観が、当時は有りました。
ソノラマの上司は泡食ったようで、「これがお蔵入りになったら、どうするんだ。おまえは日音に騙されたのだ」と騒がれる始末。そして11月に入り、ようやく翌年の1月2日からの放送で決定したとの連絡を受けたのでした。
これを受けて、待ち続けていたソノラマは、放送開始前の12月中旬にシートを発売。 この辺に関しては村山実も、「それはそうですよ! だって、ずっと待っていたんだから(笑)」と回想しています。*2
ウルトラQの初版は2万部との事で、それまでのテレビまんがシートに比べるとかなり少ないものでした。恐らく理由としては、テレビで使われていない歌が収録されていたからでしょう。
『ウルトラQ』のテーマ音楽は、歌詞の無い音楽のみでしたから、音盤化には弱いと思われたのでしょう。当時は音楽のみのテレビ音盤が販売されるというのは非常に稀なことでしたし、まして子供を対象としたものでは、現在でもなかなか考えられない事でしょう。
そこで日音は、「大怪獣のうた」「ウルトラマーチ」という独自の歌を制作して原盤を作成しました。
放映が始まり、早速シートを手にした子供たちは、まったくテレビと関係の無い歌が入っていたことに、少々の違和感を持ったに違いありません。
それでもシートにはドラマも収録され、冊子部で絵も楽しめたので、あまり不満は出なかったのでしょうか。
村山の証言に拠れば、この歌についてはソノラマの意向は入っておらず、完全に日音側で進めたものだったようです。
ソノラマとしては本来はテレビで使う歌を収録したいわけですが、日音はとにかくなんであろうと、許諾した商品が売れれば権料が入るのですから。
しかし、視聴率30%を越える番組の凄まじい人気に支えられてシートもバカ売れ。
裏番組としてフジでやっていた手塚治虫の『W3(ワンダースリー)』は、モロにその煽りを喰らう形で、20%以上から一桁へと下落。 這々の体で2月からは月曜19時半へと移動しましたが、この躓きを取り戻すのは難しかったようです。
手塚治虫の長男、手塚眞は、父が怒った唯一の記憶として、ウルトラQを見たくて妹とチャンネル争いをした時の事を語っています。
そんな兄妹に母親が「お父さんの番組(W3)を見なさい」と叱ったところ、「子供の観たいものを観せなさい!」と怒鳴ったというのです。
非常に複雑な思いが交錯しての所作だったのでしょう。
それまでの実写での子供向けテレビ音盤は、以前にも書きましたように、キングレコードが突出して多かったものです。『月光仮面』も『隠密剣士』も、キングレコードでした。
しかし、この『ウルトラQ』の登場とその大ヒットにより、子供向け番組に「特撮もの」という、新たな潮流が出て来たのでした。
それまで実写番組音盤で主軸だったキングの長田暁二は、以前に書きましたように、意地になってキャラクターものを出す気を無くしており、この新たな分野でも、朝日ソノラマの快進撃がかなりの長きに渡って続いていくこととなります。
そして、『W3』で敗退した手塚治虫も、すぐにこの「特撮もの」で反撃するのでした。
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