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無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

朝日ソノラマはなぜ鉄腕アトム主題歌を独占できたのか(14)

芸能音楽 昭和テレビ特別寄稿 テレビ主題歌史

 昭和40年のテレビまんが新作は、1月7日放映開始の『スーパージェッター』に始まりました。そして、この『スーパージェッター』の音盤から、朝日ソノプレスの独占体制が崩れる事になります。

 正に昭和40年代の始まりが、テレビまんが音盤の新たな時代の幕開けとなりました。

 

 昭和38年8月1日、資本金2500万全額TBS出資の日本音楽出版、通称「日音」が設立されました(昭和46年に日音が正式社名となる)。*1

 初代社長は今道潤三TBS副社長、専務に日本音楽著作権協会事務局長を務めた北川陽吉を据えたこの会社は、音楽著作権の契約、管理調査、出版企画、管理楽曲のレコード化、映画化、出版化、演奏楽団へのプロモートを行い、究極的には日本の音楽家の著作活動を守り育て、環境整備に資する事を目指していたと社史には有ります。

 TBSがこのような会社を設立する気になったのは、昭和37年あたりからテレビ主題歌も売れるという認識が出てきた事によるのだろうとワタクシは推測しています。

 昭和37年、ディミトリ・ティオムキン作曲のテレビ洋画『ローハイド』主題歌が、「ローレンローレン」と大当たりしました。

 当時の事ですから売り上げデータはないと思いますが、今日まで中古市場に豊富に流れてきているのを見ますと、当時の洋楽としては破格の大ヒットだった事が偲ばれます。

 また国産ドラマでも、『七人の刑事』主題曲が大いに注目され、レコードもローハイド同様の売れっぷりで、作曲の山下毅雄レコード大賞作曲新人賞を受賞するヒット曲となりました。

 

 このような背景には、この頃より安価な小型プレーヤーが出現し、一般家庭にも普及するようになった事が挙げられると思います。それまで富裕な家庭の趣味に近かったレコードの市場が、高度成長の波に乗って大衆化され始めた時期だったのです。

 そしてそれを力強く後押ししたのが、ほんの一足早く普及の波に乗ったテレビだった事は疑いが有りません。テレビで歌手が実際にヒット曲を歌う姿を日常的に目にするようになり、歌手や曲に対する親近感が増したのです。

 昭和時代は、テレビとレコードが幸福な関係を築いていた至福の時代だったというのが、ワタクシのかねてから唱えている説です。

 そうして普及に弾みが付いたレコードプレーヤーの存在が、更に朝日ソノプレスによるテレビまんがソノシートの爆発的ヒットを生み出した事に繋がっているのです。

 プレーヤーがあまり普及していなかった当時の社会的ヒット番組『月光仮面』主題歌は、それでも10万枚売れ、その頃の常識を覆しましたが、それが昭和33、4年の頃です。

 わずか4年経つか経たないかの鉄腕アトム鉄人28号は、100万超えです。

 いかにこの頃の日本が急速に発展したかという事が、テレビとレコードの急速な普及ぶりからも手に取るように掴める気がします。

 

 さて、そのように社会的な注目を浴びるほどのヒット曲となったローハイドと七人の刑事ですが、特に後者はTBSの番組でした。

 振り返れば、それ以前にもその当時としては注目されたヒット曲となった『月光仮面』もTBSでしたし、いよいよレコードもテレビも本格普及の時期に入ったとみた関係者が、テレビ局主導による楽曲管理を思いついたのでしょう。

 これは非常なる慧眼だった事は後々証明されてゆく事となります。

 但し、当時テレビ局に注がれていた視線は、今日など比較にならないくらいに厳しいものでした。

 限られた電波という共有資産を独占的に使い、しかもほぼ全国民世帯にまで普及していた媒体は、優先的に商売に使おうと思えば凄まじい効果を発揮する事は誰でも簡単に見込めます。

 なので、他のテレビ業参入希望の企業などがそういう行為を容易に認めようとせず抗議もしましたし、民衆もそのようなテレビには高邁な姿勢を求めていました。

 今やテレビ関係者までが「テレビ局だって商売です!」などという言葉を恬として恥じずに言える世となりましたが、この当時のテレビに求められていた姿勢はとても厳しいもので、テレビ局が放送を商売に利用する事が大っぴらに認められづらい空気でした。

 

 そのような中でのTBSによる自社番組楽曲管理は、公正に行わなければという一種の自浄作用というか、防衛本能のようなものが働いたのでしょう。

 日音による『スーパージェッター』原盤貸し出しは、まったく区別無く、申し込んだ業者すべてに等しく行われたのでした。

 その結果、『スーパージェッター』音盤は、シート類が朝日ソノラマの他に宿敵のビクター、更にはコダマプレス、ソノレコードまで加わってきました。

 そして通常のレコード盤として日本コロムビアという、後にソノラマに替わってアニメソングを牛耳る事となる老舗レコード会社がいよいよ参入してきたのでした。

 

*1:「TBS50年史」(東京放送

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