無駄じゃ無駄じゃ(?)

すべては無駄なんじゃよ

昭和唱和ショー「フラフープ」

Gさん(仮名)「いやー、とうとう来ましたね、この手の昭和回顧で必ず出るネタが(笑)」

ごいんきょ「まあ、そう言うな(苦笑)。先日、知り合いのアルバムを見ていたら、フラフープとダッコちゃんの写真が有ってさ(笑)」

 

G「あらー。ベタですねえ(笑)」

ご「ベタもベタなんだけど、当時の日本人は一般人に写真が広まりだした頃というのが有って、まだ写真慣れしてないというか、撮る時、場所、場合なんかが大体決まっていたんだよ。

  子供の日常的な写真だと、フラフープ、ダッコちゃん、そしてシェーというのが三大定番だったな」

 

G「今の人間にわかる物って有るんですかね」

ご「おそ松さんがウケてるみたいだから、シェーはわかるんじゃないかな。どうだろう。あと、フラフープって現役なんだぞ」

 

G「え? まったく見かけませんけど?」

ご「街中では見かけないけど、今はダイエット用品として注目されてるみたいだな」

G「あらー。でも、昔は体に悪いって言われてませんでしたっけ?」

ご「そこがよくわからないところなんだが、現在では問題無いって事になってるのかもな。でも、昭和のブームの時には実際に子供が内臓を悪くしてたんだけどな」

 

G「そもそも、いつ頃のブームだったんですか」

ご「これはハッキリしていて、昭和33年10月に、デパートが売り出したら馬鹿売れしたんだ」

 

G「元はアメリカなんですよね?」

ご「そう。アメリカでリズムに合わせて回して踊っていたんだけど、日本でも売れ出してすぐにフラフープソングが作られたんだ」

 

G「商魂たくましいですね」

ご「逞しいなんてものじゃないよ。10月29日に吹き込まれてるんだぞ」

 

G「は? デパートで売り出したのも10月って言いましたよね? 一ヶ月と経ってないじゃないですか(苦笑)」

ご「なにしろ、映画会社から主題歌にしたいと注文が有ったらしいが、それで一週間で書き上げたって話だからな(笑)」

 

G「えー。まあ当時は日本映画も全盛期で、次から次と作ってましたからねえ。ちょっと目を惹きそうなものには飛びついていたんでしょうが」

ご「それで、コロムビアが中島そのみに吹き込ませたんだよ。

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  これはアメリカのフラフープソングが元なんだが、片面には服部レイモンドによる”まわせばまわる”という日本独自の歌も作られたんだ。伴奏はスイング・ウエストだぞ」 

 

G「それにしても出来過ぎた話ですね」

ご「なんかな(笑)。日本で発売してすぐブームになって、歌もたちまち作られて。その頃はマスコミが火を付ければ、民衆も大抵は乗ってしまっていたんだな」

 

G「いつ頃まで続いたんですか、そのブーム」

ご「これが異常に短い。年内で終わるんだ(笑)」

 

G「え? 10月に火が付いて、年内に終わったんですか?(苦笑) 3ヶ月足らずって事ですか」

ご「ああ(笑)。これもハッキリしてるんだ。

  先ず、凧揚げの時にも書いたが、当時は自動車が急激に増え出した頃で、子供の警戒心がまだ薄かったんだな。フラフープに夢中での事故が増え出して問題になった」

 

G「あらー。でも凧揚げは残りましたよ」

ご「一番響いたのが、体を悪くする子が何人も出た事だ。11月16日に、荒川の少年がフラフープで遊んでいるうちに胃を破ってしまったんだ」

 

G「えっ!」

ご「尤も、元々胃潰瘍を患っていたらしいがな。だから、それだけだったら”体の悪い子は注意”で済んでいたかもしれないのだが、11月20日に、奈良で小六の少女がフラフープをやっていて卵巣破裂、あわや命にかかわるという事が起きて、12月5日に大和郡山市が全面禁止を打ち出すんだな」

 

G「えぇーっ! そんな事故が実際に有ったんですか」

ご「だから、子供にはあまり良くないのかもしれないな。大人は大丈夫なんだろう、今でも使われているんだから」

 

G「でも、動画サイトを見たら今もやっている子供が結構いますよ。そのわりに、今はそういう話を聞きませんね」

ご「うーん。医学的な因果関係は認められないって説が有力みたいだしなあ。でも実際に、当時はフラフープをやっていて内臓を壊す子供が複数出たんだよ。どういう事なんだか。

  とにかく間違い無いのは、交通事故が急増して警察が全国に禁止を呼びかけていたのも有るし、その大和郡山の事件で急激にブームが冷え込むんだ」

 

G「それって12月6日の報道っていうんですから、実質2ヶ月のブームじゃないですか(苦笑)」

ご「そうなんだけど(笑)、でも、半端なブームじゃなかったわけ。その二ヶ月の濃密ぶりが物凄いんだよ、当時は娯楽だって少ないし。新聞記事にだって、その二ヶ月の間だけで数十件もなってるんだぞ、たかがフラフープの事で」

 

G「へえ。正に時代が生んだブームですね」

ご「で、11月下旬にビクターの神楽坂浮子が、純和風フラフープソングである”三味線フラフープ”ってのを吹き込むんだ」

 

G「それって、あからさまな忘年会狙いですよね(苦笑)」

ご「そうそう。お座敷ソングが持て囃されてたしな(笑)。ところが意に反して、アッと言う間に12月頭にブームが沈静化しちゃうわけよ。きっとビクターは頭かかえたと思うよ(笑)」

 

G「ダッコちゃんのブームというのはどんな感じだったんでしょうか」

ご「その前にお知らせをどうぞ」

 

G「昭和時代のテレビ番組みたいな繋ぎやめてください(苦笑)。来週はダッコちゃんという事ですね」

 

 

 

*1:昭和33年10月30日付読売新聞

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